2006年03月30日

アクシデント

前回の続きです。

2003年6月

2回を終わって4対0とリードしたBチーム。
大方の予想を覆す戦いぶり。 だがこのまますんなりとはいかない。

3回の守り。ピッチャーのY君が突如乱れる。
なんと3者連続フォアボール。しかも全てストレートの四球。
12球連続でストライクが入らない。

急造投手が故に仕方がないかもしれないが、見ていて気の毒なほど。
そして4人目にも四球を出し、押し出しでまず1点。

こうなると収拾がつかないのか、監督がマウンドに行くも事態は収まらない。
続く5人目にも四球を出し、ここでY君は交代。

リリーフは4年生のC君。ゲンジと同じく、チーム始動時からのピッチャー候補の一人。
ゲンジがショートに入り、Y君がファーストへ。

投球練習中のC君、明らかに気合が入っていた。
前試合でライバルのゲンジが完封。
この試合は先発をY君に奪われた恰好。

C君も期するものがあったに違いない。
ポジションを争うライバルがいると、チームにも良い相乗効果が出る。
こうして個人が奮起し、チーム力が上がっていく。

4対2 無死満塁で試合再開。
ところが直後にアクシデントが・・・

C君の投じた初球、バッターはボテボテの当たり。
前身守備のファーストと、ピッチャーの間にボールが転がった。

だが双方が声を出さずにボールを捕りにいく。
『危ない!』 そう思った瞬間、C君とY君が激突。

C君の歯がY君の額と衝突。
C君は口内を出血、Y君は額から出血・・
二人共グランドに倒れてしまう。

この間に2者が生還。4対4。尚もランナー1塁3塁。

タイムをとり二人を手当てするが、試合続行は困難。
選手の交代となるが、退いた2人の代わりに誰をピッチャーにするのか?

思わぬアクシデントに、監督とKコーチが下した采配は?

続きは後日。

2006年03月23日

思わぬ展開

前回の続きです。

2003年6月

2回戦の相手は同じクラブの6年生チーム。同門対決となった。
ここで監督は選手起用で大幅な変更を決める。

ピッチャーには大柄のY君。初登板となる。
ショートの予定だったゲンジが代わりにファーストへ。
これも初の守り。外野も初戦とは一部変更。

勝負を度外視したテスト目的の意味合いが多い。
だがこれは公式戦。幾ら同門対決でも、ある程度は勝負に拘ってほしい。
そう思っていたのだが、序盤は思わぬ展開となる。

先攻は5年以下のBチーム。
初回、なんと3者連続四球で無死満塁のチャンス。
ここで4番の主将がタイムリーでまず1点。

尚も満塁でバッターは5番のゲンジ。
初球をレフトオーバーの2ベース。1塁ランナーもホームに帰り、
あっと言う間に4点を先制!

その裏、今度は初陣のY君が魅せた。
そこそこ速いボールが適度に散らばり、初回はなんと3者連続三振!

知らない人が見れば、どちらが高学年チームか判らない内容。

それにしてもこのY君、ピッチャーとしての練習は全くしていないのにこの内容。
これが「素質」というものなのか? 別の意味でショックを受けた。
だがまだ初回、この先どうなるか?

Aの監督は苦笑いを浮かべている。内心はまだ余裕だろう。
ちなみにこの監督、ゲンジが入団した時の低学年チームの監督だった人。

『ゲンジ! 三振してこい!』 と言って代打で出た初打席が懐かしい。
http://syounenyakyu20.seesaa.net/article/2385633.html
あの時と比べると、あらゆる面で進歩している。

その監督がこの試合では敵将。なんだか変な気分だ。

2回の守り、今度はゲンジが好プレーを出す。
ファーストの捕球が初めてにしては上出来なのだ。

これまでのファーストは、この試合ピッチャーのY君。
ところがY君がファーストだと。腰から下の送球はほとんど捕れなかった・・

だがゲンジは違う。足を限界まで伸ばし、低い送球もすくいあげて捕球していた。

『ゲンジのファースト、なかなかいいじゃん!』 とKコーチもご満悦。
テスト目的のポジション交代。こまでは出来過ぎの内容。

2回を終わって4対0。リードはBチーム。
思わぬ展開となっている。

続きは後日。

2006年03月16日

同門対決

前回の続きです。

2003年6月

ゲンジの完封で初戦突破の我がチーム。
次の相手は初戦シードのAチーム。同じクラブ同士の同門対決となる。

前年のチームメイトだったメンバーがAの主力。オール6年生の編成だ。
この時は実力順でのチーム分けではなく、人数が多い6年生を一つにし、
5年生以下でBチームを結成。 順当にいけばAの勝利は間違いない。

1試合を間に挟むので、その間に軽く食事をとる。
大人は大人で試合の反省と次戦の対策を話し合っていた。

これまでの流れからすると、ピッチャーは4年生のC君。
ゲンジはショートのはずだが・・

Kコーチが監督に一つの提案をした。

『次の試合、ピッチャーはC君ではなく、ファーストのY君を起用しては?』

Y君はチーム1の長身選手。地肩も強い。
背の高さを見込まれてファーストに就いていたが、守備はイマイチ。
内野の穴。そう言っても差し支えなかった。

『Yをピッチャーにテストするとして、ファーストは誰に?』 と監督。

『ゲンジはどうかな? Cよりは背も高いし、今の試合を力投したからショートよりは楽かも?』 
とKコーチが進言。監督もしばし考えていた。

Kコーチは以前、ゲンジの投手適正に疑問を投げ掛けたお方。
自分なりの投手候補を頭に浮かべているはず。
その筆頭がこのY君だろう。 でも面白いかも? と私も思いました。

荒削りながら球は速そうだし、適度に荒れれば打ちあぐむかも?
だがいきなり公式戦が実戦初登板というのも・・

同じ事がゲンジにも言える。ファーストなど、練習でも入った事がない。

相手が同じクラブのAチームだからか、にわかに「テストモード」の雰囲気。
監督も決めかねていたのか、急に話題を変えた。

『ゲンジのあのモーション、面白いですね。よく投げきってくれた。』
監督も素直に喜んでくれた。

『惜しかった・・ もう少しでノーヒットだったのに。』 とKコーチ。
2人共フォームについての詳しい部分には触れてこなかった。

『ゲンジに使える見込みがたったから、後はC君。そしてY君が計算出来れば・・』
これは各人が同じ考えのよう。
あれだけの結果を残したのだから、投手はゲンジがこの時点で主戦扱い。

この位置をキープ出来ればよいのだが。

2試合目が近付いてきた。ゲンジはチーム所有のファーストミットを持ってキャッチボール。
どうやらファーストでの起用のよう。

この同門対決、あらゆる事が起こりまくる試合となりました。
この後のチームの大まかな道筋が決まった。そう言っても過言ではないほど。

続きは後日。

2006年03月09日

一瞬の夢

前回の続きです。

2003年6月

1対0でリードした最終回の守り。

リズムに乗ったピッチングでここまでは上々。
しかもここまでノーヒットの快投を演じている。

こんな状況の時、周囲はどういった感じなのだろう?

イケイケで盛り上がるのか?
それとも緊張感で静まりかえるのか?

この試合は後者でした。

保護者同士、一緒の場所で観戦していましたが、
誰一人、ノーヒットを煽るような声は出なかった。

皆々が心配そうな顔つき。軽口を叩く人もいない。
どちらがリードしているのか分からないほど。

相手の監督は大声で檄を飛ばしている。
それを尻目に、淡々と練習球を投じるゲンジ。

自軍のベンチも動きがあった。
守備に不安のある選手を2人交代。 守備固めの作戦。

私はゲンジの心中を考えた。ゲンジの性格からして、
この場面は欲を出さないだろう。いつもと同じような感覚のはず。
だから無安打を意識させるのは、ゲンジの場合は逆効果。

周囲もそれを察しているのか、監督や選手の口からは、
敢えてその言葉は出ていない様子。

この試合、Aチームの父兄と指導者も観戦していました。
そのAの監督が押し殺すような口調で一言。
『ここまできたら、なんとか達成させたいな・・』

私の本音もそこにあった。でもまだ勝利が決まった訳ではない。
プロの試合でも、偉業達成寸前での逆転負けの例もある。

不安一杯で迎えた試合が、まさかこんな展開になるとは。



だが抱いた期待は儚くも消えた・・

先頭バッターの初球、見事センター前に運ばれた・・・

ノーヒットノーランならず。しかも同点のランナーが出る。
一気にピンチに追い込まれた。しかしこの後の光景が・・・



監督とKコーチがニコニコ顔でナインに叫んだ。
『ドンマイ ドンマイ!』 『みんな! 楽に行こう!』

つられて選手達も笑顔。そしてそれまで黙っていたのが嘘のように、
皆が大声をあげはじめた。

更には応援席の保護者達も、緊張から解放されたのか、
大きな声援を送るようになる。
ヒットを打たれた事が、逆に皆の心を一つにした感じか?

次打者は凡退だが、その後にまたヒットを打たれる。
1死1・2塁。長打が出れば逆転の場面。
だが不思議な事に、周囲はそんな緊張が見えない。

選手と保護者が一体となり、野球を楽しんでいた。

その後は後続を断ち切り試合終了。 1対0で初戦突破。
被安打2 与四球1の完封勝利でした。

フォーム改造という賭けは一応成功。
試合の勝利を喜ぶ以前に、私はまずこの「すり足投法」が成功したのが嬉しかった。

ノーヒットノーランは一瞬の夢に終わりましたが、
そんな悔しさは微塵にも感じませんでした。

しかしゲンジのこの後の野球生活で、この快投そのものが「一瞬の夢」になろうとは・・
その時は予想すら出来ませんでした。

続きは後日。

2006年03月02日

あと3人・・・

前回の続きです。

2003年6月

今後の投手起用の行方を左右する一戦。
いわば背水の陣で挑んだ試合。
「プレイ」のコールがかかり、ゲンジが第1球を投じた。

突貫工事で挑んだフォーム改造。
悩んだ末に取り入れた『すり足投法』 これがどう出るか?

ところが先頭バッターはストレートのフォアボールを与えてしまう・・

周囲の父兄達は、奇抜な投げ方に懐疑的な視線。
ところがベンチの首脳陣は、フォームについてはなにも言葉をかけない。

だがゲンジの出足は芳しくない。 一種の賭けに出た改造だが、
あまりに悲惨な結果だと、裏目と言うより惨めになってしまう。

こちらはただ祈るばかり。

早々にランナーを背負う場面。セットポジションでは、すり足は一層活きる。
一種のクイックと同じだからです。

ここで相手はすかさず盗塁を慣行!
ところがキャッチャーが素晴らしい送球をセカンドへ。
判定はアウト。キャッチャーの送球もさる事ながら、ゲンジのモーションも最小限。

嫌なムードをバッテリーが断ち切った。
そしてそこから、ゲンジの快投が始まりました。
リズミカルな動きでストライクが先行。初回は結果的に3人で退ける。

2回・3回も3者凡退。ゲンジの最初の打席はショートゴロ。
4回の守りも2者連続三振の後、レフトに大飛球を打たれるも、
レフトが好捕してチェンジ。ファインプレーに皆も盛り上がる。

そして4回の攻撃。ここまで0対0。
ゲンジの2度目の打席は死球。 そして盗塁を決めた後に相手のエラーで3塁へ。
次打者がライト前ヒットを放ちゲンジが生還。待望の先取点を得た。

そして5回表の守り。最終回です。

ここまでの投球内容は上出来。
この時の私、恥ずかしながらゲンジの投球フォームの事で頭が一杯で、
試合の全体像をイマイチ掴みきれていませんでした。

でも最後のイニング。ここを抑えてくれれば! と自然に力が入る。

相手チームが円陣を組んでいた。監督が激高している・・
一体なんの騒ぎだ?
そこで隣で観戦していたお父さんが私に一言。

『ドラ夫さん。ゲンジはまだヒットを打たれていませんなぁ・・』

そんな事、頭から抜け落ちていました。。。

あと3人。

続きは後日。

2006年02月23日

快投の幕開け

前回の続きです。

2003年6月

試合日の朝を迎えた。
先発予定のゲンジ、いつものように緊張した表情は見えない。
逆にこちらが緊張気味・・・

監督とコーチの起用方法を巡るゴタゴタもあり、
この日の内容次第では、今後の行方を左右しかねない。

加えてフォームの改造にも着手した。一種のギャンブルかもしれない。
この賭けがどう出るか? 無様な姿を晒す事にはならないか?
あれこれ考えたら食事も喉を通らない・・・

そんな私を尻目に、パクパクと朝食を食べるゲンジ。
物事に動じないというのは、ある意味で幸せなのかな? と考えてしまう。

この日は時間に余裕を持って起床した。
チームの集合時間前に、すり足投法の最終確認をするため。

いつもの場所でフォームをチェック。 
いい感じだ。 これならイケルかも? とプラス思考。

私からゲンジに一言伝えました。

『この投げ方、敵はもとより味方にも直前まで見せるな。』
『今がこの投げ方の最終調整だと思え。グランドに入ったら、今までの投げ方で軽く投げて、すり足を見せるのは、試合が始まってからマウンドでの投球練習からにしろ。』

親子で秘密裏に試みてきた投げ方。
それに対しての雑音を避けるため、直前まで味方にも見せないようにする。
試合が始まってしまえば、後は流れに任せるのみ。

これでダメだったら、その時は潔く投手の座を明け渡す。
少なくとも私はその心構えでいました。


この大会、Aチームとアベックエントリー。
クジ運のイタズラか、ゲンジのチームが初戦を勝つと、
次の相手が初戦不戦勝のAチーム。

いわゆる同門対決になる。
それを実現するためには、なんとしても初戦を勝たないと!

Bチームの保護者はもとより、Aの保護者も見守るなか、
いよいよ試合が始まろうとしていた。

我がチームは後攻。マウンドにはゲンジの姿が。
そして投球練習が始まる。これまで2人だけで投げていたすり足。
これから多くの目が注ぐ中、ゲンジが練習球を投じた。

2球・3球と続くにつれ、『あれはなんじゃ??』
『変な投げ方やなぁ・・』 『朝倉に似とるか?』
などと声が上がる・・・

監督とKコーチは表情を変えない。そして何も言わない。
守っている選手は怪訝そうな顔つき。
私は心臓の鼓動がハイテンション。
ゲンジはいつも通りのマイペース。

それぞれが、それぞれの想いを胸に、今「プレイボール!」 のコールがかかる。

これから始まる、ゲンジ快投ショーの幕開けでした。

続きは後日。

2006年02月17日

充実した一週間

前回の続きです。

2003年6月

投球モーションであれこれ悩み、たどり着いたのが「すり足投法」

ゲンジの癖やその時の適正を、私なりに答えを出したつもり。
勿論この発想は完全に自分のオリジナルではなく、
ドラゴンズの朝倉健太投手の存在が大きい。

朝倉投手はこの前年、11勝を挙げてブレイクした。
これが頭にあったからこそ、私も閃いたのかもしれない。

理論上ではゲンジには現状、これが最適だと確信するも、
それを身に付ける適応性が有るか? ここが不安要素。
試合までの日数は限られている。時間との戦いか?

通常のオーソドックスな投げ方とは異なり、
見た目はちょっと「変わった投げ方」 の部類に入る。

まずはゲンジに私が見本を見せました。
見せながら特長と効果を噛み砕いて説明する。
最初はゲンジも懐疑的な見方でしたが、このフォームを実演するにつれ、
段々と興味が出てきた様子。

本当なら本家本元の朝倉投手のビデオを見せれば良いのだが、
急に決まった事だったのと、この2003年は残念ながら朝倉投手が絶不調。

これらの理由で手本は私が見せる事に。
手本と言ってもモノマネに近いようなものでしたが・・

続いていよいよゲンジにトライさせてみる。

私が正面に立ち、同じようにシャドーを行う。
頭の理論よりも、身体にこの投法を染み付けさせる。
これを最重要項目としました。

とにかく時間がない。実戦を控えているのでこれがベストか?
そう思って取り組みました。 もし失敗したら?
それはその時は考えませんでした。

カウンセリングで導きだした答えです。
必ず会得してくれるはず! そう思って祈るような気持ちでした。

猿真似と言われてもいい。とにかく結果が欲しかった。

ゲンジも最初はぎこちない感じでしたが、2日目には動きがスムースに。
そして徐々に精度を上げていき、試合前日にはなんとか形になったと実感。

この頃は陽も長く、夜の7時位まで外で自主錬を行いました。
投球練習は球数限定で行い、それ以外はシャドーでフォームを固めていく。

バッティング練習も疎かには出来ない。こちらも素振りとバッセンで仕上げていく。
この時の一週間は、とても充実した時間が過ごせたと思う。

未知の投法にチャレンジ。これを親子で取り組んだのは、
この後にも良い影響を与えたような気がする。

やるべき事はやった。後は本番で試すのみ。

試合当日の朝、梅雨時とは思えない快晴の朝でした。
この数時間後、投手ゲンジは吉と出るか? 凶と出るか?

続きは後日。

2006年02月09日

「すり足投法」との出会い

前回の続きです。

2003年6月。

勝利から見放された我がチーム。
加えて投手起用とポジションの件で、監督とコーチの意見が喰い違い。
渦中にあったのは、この時の第2エースのゲンジ。

だが監督はKコーチとのやり取りの末、次戦の公式戦ではゲンジの先発を明言。
次の大会はトーナメント。負けたら終わりだ。
しかも内容次第では、ゲンジの投手起用は振り出しに戻る。

投手としてのゲンジを強力に推してくれる監督の為にも、何とかして結果を出したい。
だが試合までに残された時間は一週間。
一週間で何が出来るか? まずはここから考えた。

球威のアップは簡単には望めない。持ち味だったコントロールも、
球威を意識するがあまり、以前のような精度から下降気味。
どこから手をつければいいのか?・・・

あれこれ考えるも益々混乱。時間は無いし焦りばかりが先に来る。
《コントロールの精度を元のレベルに戻し、尚且つ球威アップの方法》
こんな調子のいい課題はムシが良すぎる。どれか一点に集中しよう。

だがそう思っていても、どこかで前述の方法を模索してしまう。

思い当たるのは、ゲンジはワインドアップのほうがコントロールが良く、
セットだと逆にコントロールが落ちる。
ところがスピードはセットのほうが若干速い。

普通は振りかぶって投げたほうが球速は増すはず。
そしてセットポジションで投げるほうが、コントロールが定まるのが一般的。

つまりゲンジは一般論で言うと、双方が逆に作用していた。
どちらか一方に集中させよう。まずはそう考えました。

ワインドアップとセットポジション。
ランナーを背負った時、ワインドアップで投げる訳にはいかない。
切るならワインドアップだ。走者無しでもセットポジションで投げる。

これはゲンジの場合、コントロールよりスピードを重視した作戦。
時間は無い。次はこれで行こう。 

だがスピード重視とはいえ、元々のポテンシャルがないゲンジ。
球速アップと言ってもタカがしれている。

四球連発・・・ これが頭をよぎる・・・

ダメだ。これじゃ成果は望めない。でもどうすれば?・・

混乱に拍車がかかり、イライラ感が出てきてしまう。
「ピッチャーでなければ、こんな苦労はしないのにな。」
そう考える自分が前面に出てくる始末。これじゃダメなのだが。

一人で悩んでも仕方ないので、ゲンジと二人で話し合いをしました。
多くの項目で話を進めていくと、段々と何かが見えてきました。

ゲンジ曰く、『投球動作の時に左足の上げ方と着地のタイミングがよく解らない。』
『でもワインドアップのように、反動をつけたほうがシックリする。』

ワインドアップは膝を大きく上げて、身体の反動を使う投法。
この一連の動作の中で膝の使い方が苦手との事。
だがワインドアップのほうが投げやすい・・

矛盾していて最初は素通りしかけました。
だが待てよ??・・

『だったら振りかぶって投げる時、膝を上げずに投げたらどうだろう??』
私は即座にイメージが湧きました。

この投げ方、当時ドラゴンズの朝倉健太投手が用いていた「すり足投法」です。
膝を上げずに地面を滑らせるような感じで踏み出す投げ方。

果たしてゲンジはこの投法を理解。そして会得する事が出来るか?
時間は無い。

続きは後日。

2006年02月02日

矛盾した監督構想

前回の続きです。

2003年6月

ゲンジの投手起用を巡り、意見が真っ向から対立した監督とKコーチ。
その場に居合わせた私は言葉を失う・・・

表面上こそ、互いに大人の対応だったのは救い。
感情的にならないのは幸いだったが、双方の持論は平行線。

しかしそれ以外の部分で、私は少し悲観してしまった。
それは監督の方針が矛盾してきたからです。

監督はゲンジの投手起用の推進者。
逆にKコーチはゲンジの投手失格を指摘。

これだけを取れば、私にしてみれば監督は有り難い存在である。
だがこの投手起用が引き金になったのか、監督が前言と違う事を言い出してしまう。

4月の公式戦敗退後、選手の前で言った言葉が、
『今後2〜3試合の練習試合を組み、ポジションの見直しも考えるからそのつもりで。』
http://syounenyakyu20.seesaa.net/article/11628057.html

ところがKコーチのファースト問題の意見に対しては、
『Kさん。取り敢えず次の試合はゲンジを先発させます。それとファーストは固定の気持ちでいます。今は下手でも、練習で向上させたい。ここがダメだから別のポジション。そんな指導では選手は伸びない。そう思いませんか?』
http://syounenyakyu20.seesaa.net/article/12334403.html


この2つの発言内容は全く矛盾した内容だ。
これは明らかにKコーチに対して対抗心がある様子。
そうでなければこうした相反する言葉は出てこないはず。

この時の私の気持ち、ゲンジの投手問題も含めてポジションの見直しを望んでいた。
Kコーチが指摘したように、確かにファーストは現時点で穴。
他のポジションも幾つか疑問点がありそう。

加えてキャッチャーが出来る子が一人しかおらず、
選手数がそこそこいるのに、ポジションの自由度は少なかった。

この年はいわゆるBチーム。翌年を見越した準備期間とも言える。
そう考えると、Kコーチの言う荒削りの子を投手訓練するのも悪くない。

ただ「投手失格」の烙印を押されたまま黙っているほど、
こちらも平和主義者ではない。

もう一度フォーム等を見直し、再調整に意欲が出てきた。
幸い次戦は先発を確約された。リベンジの舞台は整っている。
ここで良い成果を出せるか? KOされるか?


監督とKコーチの対立は、ゲンジの投手起用が火種。
ここでゲンジが結果を出せない場合は・・・  
ここでの結果は、後のチーム編成を左右する。

もはや投手に関しては言い逃れが出来ない状況。
ゲンジとドラ夫にとっても、次の試合は「背水の陣」となってしまった。

続きは後日。

2006年01月26日

不協和音の兆し・・

前回の続きです。

2003年6月


『ゲンジはピッチャー向きじゃないよね。あれは考え直したほうがいい。』

この言葉を発したのは新加入のKコーチ。

ピッチャーとして、イマイチ結果を出せないでいたゲンジですから、
こうした発言が出るのも、ある意味で当然なのかもしれない。
ただそれは、「今から思えば」 という事でして、当時の私は冷静にはなれませんでした。

選手が整列し、挨拶をして練習終了。
皆が帰り支度をしている時、私はKコーチのもとへ歩み寄る。

『Kさん ゲンジの父のドラ夫です。今後ともよろしく。』
『これはどうも。Kです。こちらこそよろしく』

『Kさん? 貴方は先程、ゲンジがピッチャー向きではないと仰いましたが、一体どの点が向いていないのでしょうか? 練習方の参考にしたいので、是非ともご教示いただきたい。』

私は冷静な表情でお尋ねしたのですが、監督が私の殺気を感じたのか、
この話し合いの中に入ってこられた。

『Kさん。ゲンジに投手を勧めたのは私です。私が見るところ球威の件はともかく、他は取り立てて不都合があるようには思えません。ピッチャー向きというのは、技術の事ではなく、気持ちの部分の事ですか?』

前回お話したように、監督からみてこのKコーチは学生時代の先輩。
チームでは自分が監督だが、それ以外のところでは相手が上。微妙な立場だ。

Kさんは少し困ったような顔をしたが、持論を述べられはじめた。

『言い方に語弊があったかもしれません。その点はお詫びします。』
『ゲンジの投手は可も無く不可もない。という印象です。コントロールは並よりは上なのは認めます。でも絶妙とまでは言えない。』

『球威は監督も認めておられるように劣っていますよね。言わば投手としての魅力が少ないのです。それならば、多少は荒削りでも速い球、もしくは重い球を投げる子を試し育てたい。私はそのような気持ちでいます。』

『その速くて重い球を投げれそうな子。チームに見当たりますか?』 と監督。

『2人程、目星をつけてます。それとこれが一番の理由ですが、ポジションの適正を見直したほうがいい。とくにファースト。あれだけポロポロとボールを弾いたら試合にならない。』

ファーストはチームで一番背丈のある子を起用していたが、腰から下へくる送球は、
ほとんどキャッチする事が出来ないでいた。言わばチームの穴。
しかもそのファーストの子が、Kコーチのピッチャー構想の中の一人。


ここまでのやり取りを聞いていた私は、今後の育成面について質問した。

『冬の間、ピッチャー関連の自主トレはそれなりにこなしましたが、今後はどういう方向で育てたらいいでしょうか? なにか良いアドバイスをお願いします。』

『とにかく球威のアップを目指しましょう。下半身を鍛えるランニングを増やしてください』

私は今後の目標が明確になり、気持ちもすっきりしました。
課題を与えられた訳ですから、後はそれに向って行動するのみ。

ところが監督は違う方向で物事を考えていた。

『Kさん。取り敢えず次の試合はゲンジを先発させます。それとファーストは固定の気持ちでいます。今は下手でも、練習で向上させたい。ここがダメだから別のポジション。そんな指導では選手は伸びない。そう思いませんか?』

Kコーチの意見とは真っ向から対立する監督の発言。
私はこの時、激しい胸騒ぎに見舞われた。

続きは後日。

2006年01月20日

新コーチの加入

前回の続きです。

2003年6月。

この年最初の公式戦は2連敗スタート。
戦術面やポジションなどで課題も見え、チーム構想の修正も浮かんだ。

その後に練習試合を幾つか組んだが、目立った成果も見られず、結果も敗戦の連続。
ゲンジも2試合ほど登板しましたが、好投はなし。

家での自主トレに加え、監督・コーチもあれこれフォームを指導するも、
成果は逆の方向に出てしまう。持ち前のコントロールが狂いはじめてしまった。

速い球を投げる事に意識が行ってしまったのか、全体のバランスが崩れた感じ。
元々ボールが速くないのに、コントロールまで乱れてしまうと、
持ち味が一つも無い事になる。

だが当時は後戻りが出来ないというか、長所の部分を軽視したのかもしれない。
それだけこちらに余裕が無かったのだろう。

もう一人のピッチャーであるC君も伸び悩んでいた。
あれから練習試合に登板するも、こちらもゲンジと同じくパッとしない。
こちらはボールにスピードがあるものの、コントロールが定まらない。

ゲンジとは逆のパターン。二人の長所を合わせるとグッドなのですが。

他のポジションも幾つかのパターンを試したが、これも中途半端。
思えば監督もこの頃は、あれこれ悩みながらの采配だったと思う。

Bチームなので公式戦は少ないものの、可能な大会はAチームとのアベック出場。
その大会が迫った2003年6月。 チームスタッフに動きがあった。

新たにヘッドコーチ格として、Kコーチがチームに加わる事に。
このKコーチ、実はゲンジのチームメイトのお父さん。
しかも3年前までこのチームの監督を務めていた。

Kコーチには息子が二人おり、長男が学童野球に在籍していた時の監督。
その後は親子揃って中学部へ行かれ、長男がクラブを引退したので、
今度は次男のチームへ。 という流れでした。

当地ではこうした保護者監督・コーチが普通でして、子供と共に動くと言う事は、
なんの違和感もなく行われているのが現状です。

そしてこのKコーチは、我がチームの監督の学生時代の先輩にあたります。
つまり肩書きはヘッドコーチですが、「裏の監督」 と言う人も出るくらいでした。

「元監督」の経歴を持ち、更には学生時代の先輩。
こうした人がコーチに加わるのは、現監督もやりにくい部分があったかもしれない。

だがKコーチの指導力には定評があったので、
周囲は低迷するチームの建て直しに期待を寄せていた。

そのKコーチが初めて練習に顔を出した。他のコーチと色々と打ち合わせ。
その時ドラ夫は当番で練習の手伝いをしていた。

Kコーチは現チームの保護者の事を把握出来ていない。
初対面の人ばかりと言っても過言ではない。

それまでずっと長男の野球に関わってきた人なので、
実はこちらも顔を見たのはこの日が初めて。
当然、こちらの事もKさんは知らない。

練習終了間際に、次の言葉がこちらの耳に入ってきた。

『ゲンジはピッチャー向きじゃないよね。あれは考え直したほうがいい。』

続きは後日。

2006年01月12日

自滅

前回の続きです。

2003年4月

満塁本塁打を喫し、ついに得点が動いたこの試合。
相手チームもようやく本領発揮といったところ。

バントで揺さぶられた後の一発。
ここで気持ちを切り替えたいところだが、選手達はどう見てもその余裕は無さそう。

声も無く、元気も無くなってきた感じ。
とくにマウンドのゲンジは普段でも物静か。
こんな場面こそ、自分から声を出してほしいのだが。

この回はまだアウトが取れてないが、幸いランナーは無くなった。
これ以上の得点は与えたくないが、相手はまたもやバントの構え。

守備が不慣れな我がチーム。加えて疲労も重なってきたので、これをやられると正直辛い
相手の弱点に付け込む相手監督の采配は、情け容赦がない。
さすがは優勝候補のチームだと痛感する。

普通は格下相手なら、横綱相撲で勝とうと思うもの。
ましてバント攻撃は普通ならプライドが許さない。
それを敢えて捨てた采配は、勝負に徹する姿勢が強烈に残った。

この回はバントや四球、そしてエラーも重なり見るも無残な状態。
特に内野のエラーが深刻で、ミスの連鎖反応が続く。

ゲンジも四球を出してはヒットを打たれ、もはや修正不可能。
このイニングは結局9失点。
その裏の攻撃も無得点に終わり、ここで時間切れ。

4イニングで0対9 だが3回まではパーフェクトに抑えただけに、
それを褒めるのか? それとも9失点を反省するのか?
攻撃は初回のゲンジの2ベース1本のみ。

この試合結果はある意味で順当に終わったが、課題も多く見つかり、
得る部分も多少はあった。 そもそも勉強の意味での2エントリー。
結果ばかり追求する段階ではなかった頃でした。

試合終了後の反省会で監督が言った。
『途中までは良い試合展開だったけど、最後は自滅だったな。』
『今後2〜3試合の練習試合を組み、ポジションの見直しも考えるからそのつもりで。』

確かにこちらが見ていても、ポジションに疑問符がつく選手が何人かいた。
実戦で経験させてみて、それを指導者が判断する。
選手の適正と周囲との連携。これらを上手く融合させたい。

だがこのポジション変更案が、後々のゲンジに大きな転機をもたらす事になります。
それは親の私がより一層、ゲンジを鍛える事になる序章ともなりました。

続きは後日。

2006年01月05日

力尽きる

前回の続きです。

2003年4月

相手のバント攻撃に翻弄される我がチーム。
基本的な動きが出来ないでいる。

セカンドは1塁ベースのカバーにも入れず、キャッチャーも指示が出せない。
周囲も声が出なくなり、マウンドのゲンジも疲労が色濃い。

連続バントで無死1・2塁のピンチ。
ここで監督がタイムをとってマウンドへ。
即席で守備体系の指示を出した模様。

選手達も丁度よい間合いとなった。
この前年に、こうした戦い方を仕掛けるチームとの対戦はなく、
この試合に向けての練習でも、バント対策はしていない。

言わばブッツケ本番状態となる。このピンチを乗り切ってほしいが・・

バッターは3番。ここでもバントの構え。
セットポジションのゲンジ、第1球を投げる。

相手はバットを引いて判定はボール。
続く2球目も同じパターンでボールが先行。

相手は疲れの見え始めたゲンジに対し、待球作戦に来た。
3球目もボールでノースリー。 ストライクが入らなくなってきた。
結局このバッターはストレートのフォアボール。無死満塁となる。

「打たれてもいい! ストライクを投げろーー!」
といきりだつ応援の父兄。 
「それが簡単に出来れば苦労せんわ・・」 とこちらもいつもの台詞を小声でポツリ。

一方沈黙気味だった相手ベンチ、今は押せ押せムード。

『ピッチ ストライク入らねーぞ! 儲け儲け!!』
『打てるぞ! 打てる! 球は遅せーぞ!!』

続く打者は4番。最初の打席ではゲンジに3球三振に仕留められている。
そのせいか、天を突き破るような雄叫びをあげて、気合十分で打席に入った。

初球は明らかなボール球。これで5球連続ストライクが入らない。
相手ベンチの選手も大ブーイングと共に、強烈なヤジが飛んだ。

ゲンジも肩で息をしている。緊迫した展開で、こちらも正視するのが辛い。
そして2球目。 スッ と真ん中にボールが来た。
力のないボールはド真ん中へ吸い寄せられる。

バッターはフルスイング! 快音と共に打球はレフトの頭上を越えた。

満塁ランニングホームラン。
これで0対4 ついに均衡が破れた。

意気上がる相手応援団とは対照的に、タメ息交じりの我が陣営。
選手達も無言だが、ゲンジは意外にもサバサバした表情。

顔を見る限り、まだ行けそうな雰囲気だ。
実際ゲンジはこの試合を最後まで投げ通す。

だが相手の攻撃はとどまる事がなかった。

続きは後日。

2005年12月29日

なりふり構わず

前回の続きです。

2003年4月

強力打線が看板の相手に、3回までパーフェクトピッチングを続けるゲンジ。
大方の予想は大差での敗戦が主流だったので、ここまでは出来すぎの展開。

6年生主体の相手チーム、ゲンジのスローボールにタイミングが合わない。
引っ掛けた凡ゴロを続けていて、相手監督もイライラ気味。

3回裏の攻撃は3者凡退。さすがに相手投手の球は速い。
Bチームの我がチームでは、連打を期待するのは酷な状況。
形の上では投手戦の様相だが、次の4回からは2巡目に入る。

4回表の守り。ここで相手チームはベンチ前で円陣を組んだ。
相手監督がもの凄い形相で檄を飛ばしている。
先頭バッターもこの円陣に加わっており、相手の意気込みを感じる。

こちらの応援席も、思わぬ試合展開に盛り上がっていた。
番狂わせがあるか? 父兄にも笑みがこぼれている。

一方、マウンドのゲンジは少し疲れ気味の表情。
スタミナ面が心配される。投手は体力消耗の激しいポジション。
冬の間、技術関連の練習ばかりだったツケが回ってきたか?


バッターが打席に入る。
次の瞬間、皆が驚きの声をあげた。

なんとバントの構えをしている。
ゲンジは表情を変えずに第1球を投げた。
すると本当にバントしてきた!

3塁線に転がる打球。しかし内野陣はバント時の対応が出来ていない・・
悠々セーフ。ついに初めてのランナーを許してしまう。

この時はまだ4月。チームが始動して間もないのに加え、
バント守備の練習は全くしていなかった。

と言うより、バントを多用するチームとはこれまで対戦が少ない。
それにまさかこのチームがバントをしてくるとは、相当意外な感じを受けた。

ピッチャーのゲンジも、自分がどんな動きをすればよいのか?その辺りの事を解っていない。 
冬の間も、フィールディング関連の自主練は後回し気味だった。
投げる事ばかりに気を取られ、後の事には頭が回らなかったのが実際の所。

無死1塁で次のバッターは送りバントの構え。
ところがサードがバントシフトをとらない。
キャッチャーから守備に関する指示も出ない。

無理もない、こうした事を想定した練習をしていないのだから・・

監督が必死に守備体系の指示を出す。
ゲンジはこの日初めてのセットポジション。

打者は送りバントを決めたが、ファーストとゲンジがボールをお見合い。
譲り合ったような形でオールセーフ。
浮き足だってきたのか、選手も声が出なくなってきた。

相手チームのメンツを無視した、なりふり構わないバント攻撃。
この仕掛けを封じる事は出来るのか?

続きは後日。

2005年12月22日

のらりくらり

前回の続きです。

2003年4月

プレート距離で一悶着があったが、それも落ち着いて試合開始。
先発マウンドは息子ゲンジ、初めての公式戦登板です。

相手は6年生の優勝候補。しかも打線が強力との噂。
勝ち負けは目に見えているが、なんとか健闘してほしい。

ふりかぶって第1球。相手は見逃してストライク。
直後に相手ベンチの選手が騒ぎだす。

『ピッチャー! タマ速くねーぞ!』
『打てる打てる! 楽勝だぞそんな球!』

野次なのか自軍の選手への激励なのか? 
とにかく凄い声援が飛び続ける。
続いて第2球は詰まった当たりのファール。

『バッチしっかり! 目つぶっても打てるぞ そんな球!』

確かにゲンジの球は速くはない。だが情け容赦のない「口撃」が乱れ飛ぶ・・
このバッターは結局サードゴロに打ち取った。

『ドンマイ ドンマイ 次はホームランや!』
『バッター出ようぜ! 打ち頃の球やぞ』

相変わらず、挑発するような言葉を発する相手選手。
これにはこちらの応援席も閉口ぎみ・・
「口汚いことばかり罵るなぁ」 とあるお父さんもぼやく。

マウンドのゲンジは無表情、ひょうひょうとした態度だ。
「それでいい。相手の言葉など気にするな!」
心の中でつぶやくドラ夫。

相手打線は力が入りすぎているのか、初回は3者凡退。
オール内野ゴロだった。 まずは上々の出足。

その裏の攻撃は無得点。2回表の守りに入る。この回は4番から。
ゲンジはスピードこそ無いものの、キャッチャーの構えた所へボールが行く。
コントロールは100点だ。相手4番も2球続けて豪快な空振り。

これにはバックの守りから声援が飛ぶ!
『ゲンジ! その調子や! 三振取ったれや!』
『ほーやぞ。いてこましたれや!』 ムードも良くなってきた。

相手ベンチも負けてはいない。
『遠慮すんな! 場外へぶちかましたれや!』

だが3球めも外角低めを空振り! 3球三振に斬ってとる!
5番・6番もタイミングが合わない。これが豪打を噂されたチームか?
この回も3人で討ち取った。

「ドラ夫さん、こりゃ結構いけますぜ。」 と一緒に観戦しているお父さん達の言葉。
「相手はゲンジの球にまったくタイミングが合ってまへんなぁ」
「問題は2巡目や。そこを乗り切れば、ひょっとしたら?・・ も有り得まっせ」
とあれこれと話が進む。 相手の選手達も少し静かになったようだ。

2回の攻撃。1アウトの後、5番のゲンジが打席へ。
ここで目の覚めるようなセンターオーバー!
2ベースとなる。両軍あわせて初ヒット。
だが後続が続かず無得点。戦前の予想とは違い、締まった試合展開。

そして3回、この回も3人で討ち取りここまでパーフェクト。
応援席も満面の笑み。一方相手側は監督の怒号が!

「5年以下のチーム相手に、お前ら何やっとんのじゃ!!」

相手監督も相当熱くなっている。のらりくらりとしたゲンジのピッチングに、
手玉に取られているのが相当堪えているようだ。
次は問題の2巡目。この調子で試合は進むのか? それとも?

続きは後日

2005年12月15日

15メートルと16メートルの違い

前回の続きです。

2003年4月

第一試合を大敗し、続く第二試合のマウンドに立ったゲンジ。

プレイボール前の投球練習になるはずだが、ゲンジは怪訝そうな顔つき。
そしていつまでも投球練習を開始しない。

球審が早く投げるよう促すが、ゲンジは首を横に振るばかり・・
一体何があったのか? こちらも心配になってしまう。

そこで監督がニコニコ顔でマウンドへ。

「どうした? 何かあったのか?」と監督の声が聞こえる。
ゲンジはなにやらボソボソと不満気な面持ち。
少しの間やり取りが有り、監督が球審のもとへ歩み寄る。

「こちらは5年以下のチーム。プレートの場所を、低学年用の15メートルにしてもらえないだろうか?」 

なるほど。ゲンジはいつもの15メートルではなく、それより1メートル長い、
16メートルの距離に戸惑っていたのだ。

後から聞いた話だが、選手達はプレート距離について、
高学年と低学年では同じだと思っていたらしい。

前週で完投した試合は15メートル。だからゲンジも違和感を感じたのだ。
だがこちらも迂闊だった。この距離について、指導陣もドラ夫も
全くノーチェックだった。

この大会が低学年の大会なら、距離は当然15メートルになる。
だがこの大会は高学年参加の大会。そこへ2チームエントリーしただけの事。
だから5年生以下とはいえ、距離は16メートルで行うのが当然だ。

その辺りの事は承知の上で、監督は距離の変更を要望している。
球審が大会役員と協議。
そこで「相手チームの了解が得られれば、そちらの守備時だけ15メートルで」
という回答だった。 ところが・・・

相手チームの監督はそれを拒否。

優勝候補のチームだけに、低学年相手の試合だから、
この拒否には「大人気ないなぁ!」 とこちらの応援団から声もあがった。

確かに「勝負に辛い」 と言えるかもしれない。
だが相手監督の拒否は、私は納得出来た。
16メートル対策をしていなかった、こちらが悪いのだ。

相手の言い分も理解出来る。規定より短い距離からだと、
逆にやりにくいのだろう。同じ日に別の試合もある訳だから、
この試合だけ例外では、確かにフェアではないかもしれない。


再びマウンドへ行き、ゲンジに説明をする監督。
ゲンジもようやく意味が判ったのか、投球練習を開始した。

ちなみに第一試合で先発したC君は、距離の事は気がつかなかったそうです。
だから不思議にも思わずに、そのまま投げていたとの事。
四球を連発したのも、ここに原因の一つがあったのか?

ゲンジは1メートルの違いを見逃さなかった。
だが逆に、このハンデを知らないほうが良かったのでは? とも思ってしまう。

規定の投球数を投げ終えて、今度こそ試合開始。
練習ではいつもと同じような感覚に見えたが、さて本番では?

続きは後日。

2005年12月08日

捨て試合

前回の続きです。
2003年4月

この年最初の練習試合を、1勝1引き分けでスタートした我がチーム。
翌週、今度は公式戦がありました。

この大会は6年生主体のAチームとアベックエントリー。
当地の生活圏全体の、東半分の地域が集う大会。

我がチームと同じく、2エントリーの所も幾つかある。
大会はブロック制で、3チームの総当り。
1位のみが決勝トーナメントに進出出来る。

試合の前日の土曜日、練習中に大会プログラムが届いた。
組み合わせを見ると、相手の一つはなんとか勝てるかもしれないが、
もう一つの相手は強豪チーム。

5年生以下主体の我がチームでは、ちょっと荷が重い相手となった。
ただ、初めから優勝を目指している訳ではなく、翌年を見越した2エントリー。
結果を気にせず、勉強のつもりで戦いたい所。

この時に監督とコーチで、試合の先発投手を決める相談があった。
私はタマタマ、この日が当番でこの相談の近くにいた。

『勝てそうな試合にどっちを投げさせる?』
とコーチが言う。 『・・・・・』 と監督も悩み顔。

先週の練習試合では、エースのC君は11失点。
一方、控え投手のゲンジは6失点。
この結果だけ見れば、ゲンジのほうが数字は良い。

『C君の速球のほうが、勝てる要素が高いのでは? 逆に強豪チームには、ゲンジの球のほうがタイミングが狂うかも?』
と別のコーチが発言する。

ようするにまだ首脳陣はC君のほうが投手の資質では上。という認識のよう。
これにはこちらも反論はない。私の目から見ても、
総合力では4年生のC君のほうが上回っている。

監督はまだ口を開かない。どちらにするか、まだ悩んでいる様子。

結局この日はどちらを指名するかは行われず、当日発表となった。
いずれにせよ、どちらかの試合でゲンジは先発する事になる。

試合当日。
最初の試合は実力拮抗の相手。うまく戦えば勝利も可能だ。
この試合はC君の先発。ゲンジはショートでの出場。

だが予想に反して、この試合は一方的な展開となる・・
C君にストライクが入らない。四球の連発で得点の連続。
初回に大量7点を奪われる。 打線も湿りがちで、
先週のようなバッティングが影を潜める。

この大会は時間制で、リミットが来るとその時間で打ち切り。
結局最後に1点を返すも、そのまま敗北。
公式戦の初戦を白星で飾る事が出来なかった。

くじ運の都合で、続けて2試合目。今度はゲンジがマウンドに上がる。
だが応援の保護者は諦めムード。
それもそのはず、勝てる希望のあった試合を落とし、
次の相手は優勝候補のチーム。

口の悪い人などは、この試合を『捨て試合』 と表現する人がいた。

ちょっと待て! その強豪相手に投げるのはうちの息子だぞ!
それを捨て試合とは、どういう言い草だ! 
腹の中でそう叫んだが、それを口に出して言えるほど、
この時はこちらも自信がありませんでした。

だがこんな言葉を皆の前で言う人がいるとは、情けない話ではある。
仮に心でそう思っても、口に出す事ではないと思う。
ましてその試合で投げる子供の父親が、目の前にいるなら尚更だ。

こんな時、投手の親というのは辛い立場だな。と改めて実感。
マウンドに向う息子の姿を、正視するのが辛かった。

周囲の喧騒をよそに、試合はプレイボールの時が来ました。
だが怪訝そうな顔でマウンドに立つゲンジ。
一体何が起こったのか?

続きは後日。

2005年12月01日

初完投勝利

前回の続きです。

2003年4月

4点リードの4回の守り。
3連続四死球の後に2塁打を浴びて1点差。
マウンドのゲンジはガックリとした表情。

尚も無死2塁のピンチ。続くバッターにも四球を出し、この回4個目。
『もう交代させてくれ!』 と心の中で叫びたくなった。
投手の親はある意味で辛い。この事をまざまざと思いしらされた。

3回まではコントロールも良かったが、この回に突然乱れたのは、
この日が初登板というのを差し引いても、スタミナ不足が明白。
それに投手としての精神力にも、まだまだ不安があるという事。

1点差に追い上げられて、尚ピンチ。
だが監督は動く気配なし。このまま続投だ。

さてこのピンチをどう乗り切るか?

ストライクが入らずに苦労するゲンジに、相手チームは待球作戦にきた。
だが不思議なもので、この直後から急に制球が良くなった。
ストライクが入るようになり、ストライク先行のカウントへ。

内野ゴロ2つに内野フライ1つで3アウト。
なんとか後続を断ち切った。その裏の攻撃で2点を追加して7対4でリード。
そして5回の表。最終回の守りです。

先頭バッターを外野フライで1アウト。
だがその後に3者連続ヒットを打たれて1点。
1死2・3塁と逆転のピンチで相手はスクイズ!

これが成功し、本塁は間に合わず1点。ゴロを処理したゲンジはボールをファーストへ。
しかしこの時2塁ランナーは3塁を蹴って本塁へ!
やられた! 2ランスクイズだ・・ 

だがファーストベースのカバーに入ったセカンドの子が、
本塁へドンピシャの返球! 際どいタイミングだったが判定はアウト!

ダブルプレーとなり試合終了。7対6
最後は劇的な守りでチームの初勝利。この日のダブルヘッダーの結果は
1勝1分け。ゲンジも終盤はピリッとしなかったが、
チーム初勝利を自身の初完投で飾る事が出来た。

エースのC君が11点を奪われた事を思えば、ゲンジの6失点は及第点だと思う。
これが初登板だから、あまり欲を言ってもキリがない。
ただ内容は今ひとつ。この試合で課題も出た。

翌週に控えた公式戦に向けて、この日は収穫の多い練習試合でした。

だがチームはこの勝利の後、次の勝利を得るまでには、
なんと2ヶ月も先になってしまう。この間、色んな騒動が起こる事になりました。

続きは後日。

2005年11月24日

初登板

前回の続きです。

2003年4月

この年最初の練習試合、打ち合いの末 11対11の引き分け。
続く2試合目に初勝利を目指す。

この試合のマウンドには、我が子ゲンジの姿があった。

プレート付近の土をスパイクで慣らし、ロジンに手をやる姿を見ると、
なんだか感慨深いものがあった。

2年生の冬に入団して2年と少し。
当時の実力を思うと、こうしてマウンドを任される日が来るとは思えなかった。

いつもよりも身体が大きく見えるのは気のせいか?

試合が始まる。注目の第1球はストライク!
ナインから歓声と激励の声が飛ぶ。

続く第2球もストライク。いい調子だ。緊張感は見えない。
いつもと同じ、無表情な顔つきで淡々としている。

そして3球目はサードゴロ。まずは無難な出足で1アウト。
この回は3者凡退で退けた。好調な出足。

その裏の攻撃、ゲンジの2ベース等で3点を先制。
2回にも1点を追加。4対0とリードする。

3回の守り。先頭バッターにランニングホームランを打たれる。
最初の被安打が本塁打。4対1となるも、後続をキッチリと抑えた。

チェンジとなりベンチ前で円陣。監督も
『ピッチャーが好投している。この試合は絶対に勝つぞ!』
と檄を飛ばし、選手も大きな声で返事を返した!

ゲンジの2度目の打席はショートへの内野安打。
当りは平凡だったが、飛んだコースがラッキーだった。
この回も1点を追加。リードを広げる。ところが・・・

4回の守り、打順が2周り目になった途端、ゲンジのピッチングが悪くなる。
ストライクが入らなくなってきた。
2者連続でストレートのフォアボール。

ここで監督がタイムをとってマウンドへ。
内野手も集まって、皆で投手を激励。ゲンジも黙ってうなずいていた。
試合再開。だが初球にデッドボールを与えてしまい、無死満塁。

これで9球連続でストライクが入らない。
やはりスタミナ不足が原因か? 冬場の練習では技術論に重点を置き、
体力メニューを減らしたツケが回ってきたのかもしれない。

周囲の父兄は 『打たれてもいいから、ストライクを入れろ〜』
と叫んでいる。それが簡単に出来るのなら苦労しないわ。
と思っていまうのは、やはり投手が我が子だからだろうか?

バッターが打席に入る。ゲンジは置きにいくような動作でストライクを取りにいった。
投げた瞬間、「ヤバイ!」 と思うような棒球。
腕をしっかりと振らずに投げた球を、相手は見透かしたような振りで叩いた。

レフト線を抜ける走者一掃の2ベースヒット。。。
3点を奪われ5対4。リードは1点に縮まった。

膝に手をやり、がっくりとうなだれるゲンジ。
息づかいも荒くなっているように見える。もう限界なのか?

続きは後日。

2005年11月17日

乱打戦

前回の続きです。

2003年4月

この年最初の実戦は、隣町のチームとの練習試合。
このチームもメンバーが多く、5年生チームがこちらへやってきた。

ダブルヘッダーの第一試合は4年生のC君が先発。
ゲンジは5番ショートで出場。この打順、こちらは勝手に4番だと思っていたが、
監督も思う所があったのか、この年は5番での起用が多かった。
打順に関してはここで追々取り上げていきます。


自チームのグランドで行ったせいか、練習試合ながら父兄の観戦が多い。
ちなみに6年生のAチームはこの日、逆に他校へ遠征に出ていた。

こちらの先行で試合が始まる。
先頭バッターが初球をいきなりセンターオーバー!
ランニングホームランとなり、乱打戦の幕開け。

1死2・3塁でゲンジの第一打席。
2球目の高めの甘いボールをフルスイング。
これもセンターオーバーで3ランHR!

初回4点を先制。幸先のよい滑り出しだ。

その裏の守り、先発のC君がストライクが入らない・・
3連続四球で無死満塁のピンチ。

相手4番に対し、置きにいくボールでストライクを取りにいくが、
そこを狙い打たれてまたもやセンターオーバー。
同点満塁HRを献上して、あっという間に同点とされる。

2回は両軍無得点。
3回、1死1・3塁でゲンジの第二打席。
相手外野は深めの守備位置。ここでゲンジはレフトへ大きな飛球を放つ。
これが犠牲フライとなって1点勝ち越し。

その裏、今度は守備に乱れが生じる。
内野ゴロ悪送球が二つ重なりピンチを招く。
ダブルスチールを決められ 無死2・3塁。

ここで次打者はショートゴロ。初めてショートに打球が来た!
これを落ち着いて捕球したゲンジだったが、3塁ランナーを気にするがあまり、
ファーストへの送球が遅れてセーフにしてしまう・・

周囲が投手の足を引っ張る形になり、次第にC君も不貞腐れる態度。
監督がタイムをとってマウンドへ。

気持ちを切り替えて投じた初球をまたも外野オーバー。
この日2本目の満塁HRを浴び、たちまち5対8

相手の攻撃はランナーを貯めて一発が出るという理想の展開。
こちらは不用意にランナーを出しすぎてしまう。

詳細を書き続けると長くなるので、以降は割愛しますが、
試合は11対11で最終回の攻防。

ダブルヘッダーの予定なので、この試合は5回まで。
ここまで双方共に先発投手が投げ続けている。
球数が心配だったが、あと1イニングなので続投の方針。

この回ゲンジは死球で出塁するが無得点。
ちなみに3打席目はレフト前へヒット。
この試合は2打数2安打・1死球・1犠飛の成績。

最後の守り、C君は無死満塁のサヨナラのピンチを迎えたが、
圧巻だったのはこの後。なんとC君は以後の打者を3者連続三振で切り抜けた!

試合終了。11対11の引き分け。

20分の休憩後、2試合目を始める事になるが、
期待していたC君が大量点を奪われて、指導陣もショックを隠せない。

『こりゃゲンジが投げたら、何点獲られるか分からないぞ』
と、あるコーチーが発した・・・
この言葉にドラ夫は悔しい気持ちになってしまうが、
そのコーチの言い分も確かな部分もあるだけに、余計にもどかしい。

ショートをまずまず無難にこなしたゲンジ。
2試合目は先発だ。投球練習をしている姿も、なんとなく自信が無さそう。

『お前の生命線はコントロールだ。力んだ所で速いボールは出ない。いっその事、全員にホームランを打たれるつもりで投げてみろ。1番から9番まで、皆にホームランを打たれたら、それはそれで凄い記録やぞ^^』

ドラ夫がこう言うと、ゲンジはニヤリと笑みを返した。

続きは後日。

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