2007年02月16日

ゲンジコール

我が子レギュラー化計画・5年生、投手挑戦編  最終回



前回の続きです。

2003年10月

5年生最後の公式戦。打線爆発で大量リード。
先発投手も3塁を踏ませない好投を見せ、最後の守り。

ここでマウンドには、我が子ゲンジが上りました・・
思いがけない起用に私も驚きました。

緊迫した場面なら、この登板は無かったと思う。
ずっと投手起用から外されていたゲンジ。
5年生最後の公式戦の最終イニング。

監督の温情采配なのか? 
思えば前年のこの時期に投手候補として構想に上がり、
シーズン当初は2本柱の一角を担っていた。

試行錯誤の末に『すり足投法』にチャレンジ。
その緒戦で2安打完封の結果を出すも、
本人の投手への拘りの姿勢。
加えてフォームに対する監督の育成方針の食い違い。

色んな要素が絡み合い、投手失格の烙印を押されていたゲンジ。
そのゲンジが今 マウンドに立っている。

『自分の好きな投げ方でいってみろ!』 監督が激励の言葉。
『点差はある。伸び伸びといけ!』 Kコーチの檄。

投球練習をするゲンジ。にこやかな表情で感触を確かめている。バックの選手達もしきりに声を掛けてくれた。

『楽に楽に^^』 『打たせようぜ!^^』
『久しぶりだなゲンジ 投げられるか?^^』
『ガッチリ守るぜ! 思い切りいけ!』

余裕の展開とはいえ、この励ましにはゲンジも救われたのでは?
規定の投球数が終わると、主将のE君がマウンドへ。
そして内野陣も全員集まった。

皆が笑顔でゲンジに話し掛けている。
ゲンジも笑って頷いていた。サードの選手が大きな声で言った。
『ゲンジ! お前がここに来るのを待っていたぜ^^』

そして全員が肩を組み、『絶対 勝つぞ〜!!』と雄叫びをあげた

主審がプレイの声を掛ける。
すると自軍の控え選手達が総出でゲンジコール・・

『ゲンジ ゲンジ ゲンジ ♪』

そして応援席の父兄までが、これに倣ってコールを後押し。
『ゲンジ ゲンジ ゲンジ♪』

『さぁこーい!』 『バッチこーい!』
守るナインも全員が大声で叫んでいる。

私は・・ 溢れ出る涙を隠す事はしなかった。
グランドに響き渡る『ゲンジコール』
励まし続けるナイン達。

私はなんて幸せ者なんだろう・・

『ゲンジ君、とうとうあそこに戻ってきたんだね・・』
懇意にしていたお母さんグループが私に声をかけてくれた・・
皆々、目に薄っすらと涙を浮かべてくれていた。

私は押し殺すような声で言った。
『みんな見てくれ。 あそこに立っているのは・・ 紛れもなく俺の息子だ・・』

ここまでの苦労の軌跡がグッと頭を駆け巡った。
『ゲンジ! 思い切っていけ!!!』私は大声で叫んだ。

サインを覗くゲンジ。こっくりと頷いてモーションに入る。
振りかぶり、白鳥が飛び立つような綺麗なフォーム・・

左足がすらりと地面をなぞり、すり足でボールは放たれた・・

ストライク〜!!

主審のコールがグランドに響いた・・




62回に渡ってお送りしてまいりました、
「我が子レギュラー化計画・5年生、投手挑戦編 」
今回で最終回となります。

夏場からずっと投手候補から外れ、結果的に投手挑戦は失敗に終わりました。

指導方法、理論の食い違い。適正、本人の意志。素質。
色んな要素が絡み合っての結果でしょう。

しかし目標に向かって努力を重ねた事は、本人にも貴重な財産になったと思う。

投手といえば野球の花形。そのポジションにチャレンジ出来ただけでも善かったのかもしれない。

そしてこの時の経験は、以降のゲンジのキャリアにおいても、
重要な役割を果たしたと言える。

これ以降も、ゲンジの意志で投球練習は自宅で続けてきました。
登板のチャンスが少なくても、本人は投手復活を目指していたのかもしれません。

その甲斐があったのか、中学では昨秋に先発完投も遂げた。
敗戦投手ではありましたが、内容は及第点。
地道な努力が実った形です。

中学では本職がキャッチャーなので、投手はあまり機会は無いかもしれない。
でも・・ それでも本人は自主錬でシャドーを取り入れています。

投手は簡単に極めるのは難しいポジションです。
だからこそ、狙う価値もある。

投手挑戦を願う皆様に、このカテゴリが少しでも参考になれば幸いです。

さて来週からはいよいよ6年生編がスタートします。
チーム内の打順争い。保護者の疑問からチーム批判・・
そして・・ 『ドラ夫コーチ』誕生もこの時でした。

ゲンジは主砲として最後は打撃部門独占の大活躍を遂げますが、
チームの成績はどん底・・ 
様々な背景を基に、6年生のゲンジを描いてまいります。

「我が子レギュラー化計画・6年生、4番打者への道」
期待してください^^

2007年02月13日

5年生最後のマウンドへ

前回の続きです。

2003年10月

9対0からの試合を9対10にひっくり返され、
奇跡的な大逆転負けを喫した我がチーム。

勝者が2連勝を決め、この時点でこのブロックの敗退が決まった。
1敗同士の対戦となったこの日の第3試合。
俗にいう消化試合となってしまったが。

だが5年生最後の公式戦。勝って締め括りたいところ。

緒戦のショックからどう立ち直るか?
間に1試合を挟んだので、切り替えが上手くいけばいいのだが・・

この試合の先発マウンドは主将のE君。
本来は正捕手の子。投球フォームはお世辞にも綺麗ではないが、
地肩が強く、ボールに勢いがある。

このチームのヘッドコーチをしていたKコーチの次男。
どんなピッチングをするか?

試合が始まる。だが序盤から一方的なペースで試合が進んだ。
我がチームの打線が大爆発! 得点を積み重ね、
投げてはE君も好投。3塁を踏ませない。

相手チームは実績のあるクラブ。決して弱小ではない。
この試合もメンバーを落とさずに挑んできている。

結果論ではあるが、こうなると初戦の逆転負けが悔やまれる・・
あそこをキチンとモノにしていれば、余裕でブロック抜けだったのだが・・

今更それを言っても仕方がないが、応援席の父兄も口々にその話題が出る。
それほどこの試合は善い内容でした。

大量リードで最終回の守りに入る直前、監督が選手の交代を告げた。
好投のE君がキャッチャーミットを持っている。
キャッチャーだった子がファーストミットを持って守備位置へ・・

そして・・ ゲンジがグラブを持ち、足早にマウンドへ走っていった。

続きは後日。

2007年02月09日

よもやの逆転負け

前回の続きです。

2003年10月

相手の足音が後ろから迫ってきた。
9対0の楽勝ムードも一転、5点を返されて尚もピンチが続く。

ピッチャー交代も功を奏さず、じわりじわりと点差は肉薄。

こうなると流れは完全に相手ペース。
逆に自軍は尻に火がついた格好。
勢いの差は歴然だ。

この回は6点でなんとかチェンジ。
次の攻撃、監督は代打攻勢をかけた。

もう一度流れを呼び込みたいところ。
打席が廻ったゲンジはセンターフライに倒れるも、
チームは1死満塁のチャンスを掴む。

だがここは最悪の結果・・ 
内野ゴロのホームゲッツーで敢無く無得点。

代打の選手がそのまま守備に入るも、連携が噛み合わずにまたもやピンチ。
ついに逆転を許してしまった。

そのまま試合が進んで最後の攻撃。
だが淡白な攻めで無得点。
試合終了。

9対0から終わってみれば9対10の大逆転負け・・
3チームの総当りなので、2勝が文句なしの通過ライン。

これで我がチームがブロックを勝ち残るのは、完全に他力本願となる。
勝ったチームは続けて2試合目に入った。
我々は外からこの試合を伺う事に。

3チームが全て1勝1敗になり、後は得失点差に勝負をかけるしか道がない。
だがそんな想いも虚しく、1試合目の勝者が2連勝。
ブロック抜けを果たした。

3試合目は1敗同士の戦い。勝っても予選敗退は決まった。
その点では消化試合だが、一矢報いて終わりにしたいところ。

5年生最後の公式戦。この試合、個人的にはかなり感動した試合になりました。

続きは後日。

2007年02月02日

相手の猛追

前回の続きです。

2003年10月

序盤から打線が爆発。2回の攻撃が終わって9対0のリード。
久々にチームに当りが戻ってきた。

ブロック制のこの大会。同星なら得失点が鍵になる。
それを考えると、この大量リードは大きい。

だがそんな想いとは裏腹に、守備につまらないミスが多発してしまう。
なんでもないフライを落球。カバーのし忘れ。アウトカウントの勘違い・・

大量リードで気が緩んだのか? コーチの怒号がグランドに響く。
与える必要の点を献上。先発マウンドのC君も、足を引っ張るバックに苛立ちの表情。

なんだかマズイ展開になってきた・・
集中が切れはじめたC君。今度は自分が独り相撲。
四球。ワイルドピッチ。四球。 この繰り返し・・

浮き足だったナイン、声を出すのを忘れてしまっている。
キャプテンも何も言わず、副キャプテンのゲンジも周囲が見えていない。
これではいけないのだが。。。

監督はポジション交代を主審に告げる。
投手を大柄のY君に交代。流れを変えたいところなので、
この采配は善いと思った。

だが楽勝ムードから一転、相手の追い上げが迫っている。
急遽登板指令のY君。力みが出てストライクが入らない・・

相手の長い攻撃が続く。5点を返され9対5。

続きは後日。

2007年01月24日

怒涛の攻撃も・・

前回の続きです。

2003年10月

最後の新人戦はブロック制。最低2試合はこなす。
その初戦は合併直後の新チーム。
どんな力量なのか? 予断を許さない。

相手投手は大柄ながら、ボールのスピードはまるで無い。
打ち頃といった感じか? 

ただ前々回の相手もこんな感じだった。
「イケル」 そう皆が思った相手に落とし穴が待っていた。

その教訓からか、スタンドの応援団にも軽口を叩く人はいない。
そうでなくてもここ最近、打線は湿っている。

試合が始まった。先発はここ前週と同じく4年生のC君。

初回は三者凡退で退けた。
その裏の攻撃。ついに味方打線が火を噴いた。

2者連続フォアボールから、3番が2塁打を放ちまず2点。
4番もタイムリーで3点目。5番ゲンジが四球を選び、
6番がまたもや2ベース! 7番8番と連続安打。

9番が倒れるも、1番がシングルで追加点。
2・3番と倒れ攻撃終了。いきなり7点を先制した。

2回も相手を無得点で退け、その裏の攻撃。
4番が相手エラーで出塁すると、続くゲンジが右中間を真っ二つ!
ランニングホームランとなり9対0

ブロック制なので得失点差も後で響いてくる。
獲れる時に点は奪っておきたい。

楽勝ムードが漂ってきたが、勝負は下駄を履くまで分からない。
この試合、まさにその格言通りになろうとは・・

続きは後日。

2007年01月18日

最後の新人戦

前回の続きです。

2003年10月

自チーム主催の大会も終わった。
準備に始まり、なにかと忙しい1ヶ月でした。

Aチームは最低限の目標である3位を確保。
ゲンジの所属していた5年生以下のBチームは初戦敗退。
しかもノーヒット・ノーランを喰らってしまう。

夏の終わりからこの時期まで、良い内容のゲームが出来ていない。
そしてすぐに新人戦を迎えようとしていた。

6年生は幾つかローカル大会を残すのみ。
5年生以下の選手はこの新人戦がこのシーズン最後の公式戦。
そして学童野球では最後の新人戦となる。

思えばこの年の前年の新人戦。
ゲンジは4年生ながら4番に抜擢された。

だがプレッシャーからか、打撃は期待を裏切り、
守ってはサヨナラエラーと散々な結果。

これは『呆気ない幕切れ』という題名で以前エントリーした通り。
http://syounenyakyu20.seesaa.net/article/6922619.html

あれから1年が過ぎた。春先から夏の初めまでピッチャー。
以降は色んな出来事があった。

最後の新人戦に向けてゲンジの仕上がりはどうなのか?

前年まではトーナメント制だったこの大会。
この年からブロック制に変更となる。

3チームによる総当りで、1位のみが上へ進める。
勝ち星が並んだ場合は得失点差で順位を決める。
当然2勝が目標だが、得点を多く奪って勝ちたいところ。

だがここ数試合は打線が低迷中。巻き返しを図りたいところ。

試合当日。最初の相手はこの試合がチームとして初陣。
2つのチームが合併して発足した新チームだった。

少子化の影響でチーム存続が困難になり、翌年から合併するチームでしたが、
予定より早くこの新人戦に向けて新しい船出になった。

新しいチーム名。新しいユニフォーム。
選手も大人達も意気揚々としていた。 
戦力的にはいい勝負か? そう思っていました。

監督がスタメン発表。ゲンジは5番ファースト。
サイン無視のミソギも終わり、いつもの打順に復帰。

最後の新人戦はどうなるのか? 
そして『投手ゲンジ』はこのまま見る事なくシーズンを終えるのか?

続きは後日。

2007年01月11日

屈辱の結果

前回の続きです。

2003年10月

5年生以下で編成された我がBチーム。
対する相手は6年生主力の隣市最強チーム。

最終回の攻撃を迎え、スコアは0対6。
地力の差がそのまま出ている形か。

なんとか1点を! そう思うのでしたが、
得点以前にヒットがこの試合はまだ出ていない・・

どのバッターも自分のスイングがさせてもらえない。
唯一、最初の打席のゲンジが幾つかいい当たりを放ったぐらいか?

先頭の6番打者。いいところなく三振に倒れる。
続くバッターは7番のゲンジ。1打席目はピッチャーライナー。
痛烈なファールも2本打っている。

この投手とは相性も良さそうだ。なによりノーヒット負けは避けたい。
この打席のゲンジには、そこにも期待がかかる。

相手投手、最初のような闘志をむき出してはこない。
冷静な表情。打席のゲンジも同じ。
あの時のガチンコ対決とはまるで違う雰囲気。

あと二人でノーヒット・ノーラン。ピッチャーはこれを意識しているのか?
意識していれば、付け込む隙がありそうだが。

初球は外角にボール。2球目は低めが決まってストライク。
そして3球目、またしてもレフト線にライナーの当たり!
だが僅かにファール・・ 最初の打席の時と同じような当たり。

カウントは2−1 追い込まれた。
1打席目はここから壮絶な力勝負があったが、
この打席は投手も冷静。ファールにも表情が変わらなかった。

そして4球目。豪快に振りかぶって投じた球は・・
俗にいう抜いたボール。チェンジアップのような感じか。

だが打ちにいったゲンジは完全にタイミングを外された。
泳ぐような姿勢でバットは空をきる・・・

空振りの三振。これで2アウト。
相手投手、力勝負を避けて勝ちに拘った投球か。
チームの勝利を優先したのか? ゲンジに力勝負は無理だと思ったのか?

頭脳的ピッチングでゲンジは仕留められた。
いい勉強になったと思う。

続く8番も敢え無く三振。試合終了。
0対6の完封負け。しかもノーヒット・ノーランまで達成された。

勝ち負けは戦前から予想された結果だが、無安打は余計。
これで残す主要大会は新人戦となる。

ちなみにこの地元主催大会。Aチームは準決勝で敗れ、
辛うじて3位決定戦に勝利。最低限の目標だった3位は確保した。

Bチームは2試合続けて深刻な負け方。
打線も全体的に湿っている。
新人戦に活路はあるのか?・・・

続きは後日。

2007年01月09日

惜しい当たり

前回の続きです。

2003年10月

互いに相手ベンチの挑発を受け、力が入るピッチャーとバッター。

力と力で真っ向から挑むのか?
それともどちらがかわすのか?

我を失っているゲンジ。珍しく顔が高揚している。
私はその気持ちを落ち着かせるべく、『落ち着け』
と声を掛けるも、ゲンジは私を睨み返し、憮然とした表情でボックスに入る。

相手投手も眼光鋭く、かわす気配は見えない。
いいだろう。これも経験のうち。
好きなようにやればいい。そう思い直した。

だがクソボールに手を出すのは考え物。
己の勝負もあるが、チームの一員であるのを忘れてはならない。

カウントは依然2ナッシングのまま。
5球目、ワンバウンドの球。さすがにこれには手を出さなかった。

相手投手もかなり余計な力が入っている。
四球で出ればチャンスは拡がるのだが、ゲンジはそんな事は考えていないだろう。

後から聞いた話ですが、本人は打順降格が相当気に入らなかった様子。
そこへあのヤジが重なり、ついヒートアップしたようです。

6球目もワンバウンド。相手監督が必死になだめている。
カウントは2−2。 そして7球目。

ストライクゾーンに来た。ゲンジは乾坤一擲これを叩く!
だが痛烈なピッチャーライナー・・・

勝負は終わった。凡退で軍配は相手投手に。
だが当たりは痛烈。次にも期待が持ち越せる内容だった。

その裏の相手の攻撃。
初回は三者凡退だったが、この回はさすがに地力を発揮した。
大技小技で4点を先取。

3回の攻撃はエラーで出塁があるも、以降が続かず。
3回の守りは無得点で切り抜け、4回の攻撃は3人で終了。
4回に2点を追加されて0対6 ここで最終回の攻撃。

打順は6番から。我がチーム、ここまでヒットが無い・・・

続きは後日。

2007年01月07日

力む二人

前回の続きです。

2003年10月

初球は痛烈なライナー。2球目は大飛球。
続けて惜しいファールを放ったゲンジ、応援席も盛り上がる。

相手ベンチは外野手に対して『下がれ』の指示。
一度前に出ていた外野手は、足早に下がっていった。

これを見ていた相手投手。
ロジンを地面に投げつけ、スパイクでマウンドを蹴っている。
明らかにイラつきが見えた。

下級生。しかも下位打線の選手に痛烈な当りを浴び、
自分を見失っているのか?

ファーストの選手が何か声をかけている。
投手もそれを聞き、ようやく笑みを浮かべた。

『三振前のバカ当り〜〜』

相手の控え選手達が騒いでいる。
ここまで冷静な表情だったゲンジ、ここで目の色が変わった。
打席を外し、相手ベンチを睨みつけている。

だがカウントは2ナッシングに追い込まれている。
相手の術中にハマルのはマズイ。

そこで自軍の選手達が声をあげた。
『全然速くねーよ。あんな球。ゲンジ! もう一発だ!』

これに今度は相手投手がカチンときた。
ムスッとした表情をこちらに向ける。

セットポジションから3球目。
力んだのか? 投げた瞬間に分かるクソボール。
外角低めのボールだった。

ところが冷静さを欠いているゲンジ、なんとそのボールに手をだしてしまう。
ファールとなりカウントはそのまま。

比較的選球眼のいいゲンジが、あんなボールに手を出すとは・・
私は応援席から声を上げた。『ゲンジ!!』
だが聞こえているのかいないのか? ゲンジはこちらを見ない。

『ゲンジ!』 もう一度言うもシカトを続けるゲンジ・・
そして4球目。またしても力んだボールが高めへ。
見送れば完全にボール球だが、ゲンジはスイング。

バックネットへのファールとなる。
私は大地が裂けるほどの勢いで大声を上げた
『ゲンジーーー!!!』

ようやくこちらを振り向くゲンジ。
表情は怒りに震えている。

私は普通の大きさの声でこう言った。

『落ち着け・・』

続きは後日。

2007年01月06日

大ファール

前回の続きです。

2003年10月

『7番・ファースト ゲンジ』

オーダー発表の時、監督から発せられた言葉。
当初の8番から打順が繰り上がっている。

監督は何を想ったのだろうか?
相手が6年生主体、更に隣市最強のチームだからか?

このシーズン、ゲンジはずっと5番を任されていた。
だが投手失格の烙印を押された以降、打撃も落ち込み気味。
直近の試合は6番と7番で出場。

そしてこの日も7番。揺れる監督の思惑が見てとれる。

先発は春先に主戦だった4年生のC君。
安定度は他より勝っていた。

試合が始まる。相手はエースを温存。当然の用兵でしょう。
楽に勝てる相手に、エースをつぎ込む事はしない。
準決勝・決勝を早くも見据えている。

だが控え投手とはいえ、さすがは強豪チーム。
他のチームのエースクラスに匹敵する実力がありそう。

初回の攻撃は三者凡退。相手も同様に3人で終わる。
まずは順調な出足。

2回の攻撃。4・5番と倒れて2アウト。
ここで6番が四球を選んだ。打席には7番のゲンジ。

『バッチ7ばーーん!!』
相手ベンチの控え選手が大きく叫んだ。
それを聞き、一歩・二歩と前へ出て来る外野陣。

2死なのでここは当然「打て」 の場面。
そして初球。内角高めの速球が来た。

それをゲンジは強振! 痛烈な打球がレフト線へ。
しかし僅かに切れてファール。

『マグレ マグレー!』
相手ベンチの声。ピッチャーも余裕の苦笑い。

悔しそうな表情も浮かべず、ゲンジはいつもと同じくクール。
そして2球目。またしても同じコース。
今度は角度よく大飛球が上がる。

だがこれもファール。惜しい・・
飛距離は十分。とても5年生の距離ではない。
そんな大飛球でした。

おっとりとした表情で、相手監督がベンチを出る。
そして手を上げてジェスチャー。

それを見た外野陣。3歩・4歩。いやもっとか?
ドンドン後ろへ下がっていった。

続きは後日。

2007年01月03日

責任抽選の果て

前回の続きです。

2003年10月

地元で主催の大会。我がチーム2、招待チーム6。
この8チームでトーナメントで行う大会。

3勝で優勝という小さな大会ではあるが、
ホストとして無様な試合は出来ない。

但しこれはAチームの事であり、我がBチームは所詮オマケのような扱い。
唯一5年生以下でのエントリー。勝ち目は初めから薄い。

こうした大会、組み合わせは責任抽選という名目で行われる。
これは主催チームが一応抽選を仕切るという事。

抽選とは名ばかりで、そこには様々な思惑が入るのが通例。
この大会、ホストの面目にかけても最低3位はほしい。

一般的なクジによる抽選なら、どこと当るかはそれこそ運に左右される。
だが責任抽選にはそれは無い。何故なら、そこには主催者側の意図が強く反映されるからです。

早い話が組み合わせを地チーム有利になるよう、最初から割り振る事。
これにより、ある程度は思い通りの組み合わせ表が出来る。

Aチームはこれにより、戦いやすいブロックになった。
決勝で対戦する山は、強敵3チームと我がBチーム。

自チーム同士を同じブロックにする訳にはいかないので、
この割り振りは当然といえば当然か。

この展開はある程度最初から予測していたが、
決まってみると改めて厳しいのを実感する。

幾らオマケ出場とはいえ、やるからには結果も欲しいし、
良い内容のゲームをしたいもの。
だが初戦の相手は隣市最強のAチーム。

一泡吹かせよう。という希望すら持てない相手。
だが決まった以上は闘うしかない。


前日に父兄が集まり、大会の準備を行う。
開会式の段取りや、放送設備、テント等の設営。
来賓の手配、その他。

自チーム主催なので、1年で一番忙しい大会でもある。

10月の第1週。ついに大会の日がやってきた。
開会式で優勝旗の返還。選手宣誓とスケジュールは進んでいく。

グランドを2面使って試合は進んでいく。
その1会場では我がBチームが早くも登場。

サイン無視のペナルティで、ゲンジはこの試合8番で登場予定。
監督が大きな声でオーダー表を選手に向かって読みはじめた。

『7番・ファースト ゲンジ!』

続きは後日。

2006年12月30日

ペナルティの降格

前回の続きです。

2003年9月

『ゲンジは8番に下げます』

監督の口から思いがけない言葉が出た。
コーチも呆気に取られていた表情。

近くで道具の整理をしていた私の耳にも、当然ながらこの言葉が入ってくる。
私は平静を装っていましたが、内心はその理由が知りたかった。
その想いを察したのか? 監督が私を呼び寄せた。

監督 :『先日の試合、ゲンジは私の【待て】のサインを無視しました』

制球に苦しむ相手投手と対峙し、カウント1−3からの5球目。
【待て】のサインが出たはずを、ゲンジは強振。
結果はファーストライナーでダブルプレー。一瞬にしてチャンスが消えた。

その時のエントリーはこちら↓
http://syounenyakyu20.seesaa.net/article/26234328.html

監督 :『本来なら、ああいうプレーをした選手、次の試合はベンチです。』
    『しかしゲンジを外すのも何かと大変なのも事実。』
    『他に当ってきている選手もいますから、次の試合はゲンジを8番にします。』

私は即座に納得した。ようするにペナルティの意味合いがある。
あの試合後、直接にはサイン無視の話は出なかった。
だが監督も、それをそのまま捨て置くのもダメだと思ったのだろう。

他の選手への示しもある。サイン無視をしたゲンジも悪い。
スタメン落ちにならなかっただけ、まだマシかもしれない。

私はこれらの事を監督に告げ、全て納得した旨を伝えた。

監督 :『ゲンジには何故打順が下がるのか、サイン無視の件と共に私から話をします。』

『ゲンジを出せ』コールが保護者から沸き起こり、
そのゲンジを投手起用しないと明言。
更にはペナルティからの打順降格・・

私とゲンジにとって、まずは信頼を取り戻す必要性を感じた局面。
次の試合は是が非でも、ヒットを打つのが至上命題となった。

私は俄然気合が入った。『よし! 見ていろよ!』という心境。
気持ちを切り替え、次の展開に持ち込む構想を練り始めた時、
別の役員がその場に現れた。

『大会の組み合わせが決まったので、一応こんな感じですが・・』

そこには8チームでのトーナメント表が書かれていた。
我がBチームの初戦の相手は・・

隣市最強のAチームでした。

顔がこわばる監督。コーチ。そして私・・・

続きは後日。

2006年12月29日

コーチの進言

前回の続きです。

2003年9月

我がチーム主催の大会が近付いてきた2003年9月。
自チーム内の混乱もひとまず落ち着き、
5年生以下のBチームもエントリーする事になる。

他の6チームは招待チーム。勿論全てAチームです。
我がチームからA・Bの2つが出て、全部で8チーム。

ゲンジがこの時に属していたのは、5年生以下で編成されていたBチーム。
他の7つと比較すると、当然ながら戦力的には一番落ちる。

Aの監督はBの有望選手を引き上げる腹づもりだったが、
その目論見はBチーム保護者の反対で退けられた。

この時のBチーム、良い試合をする時と、悪い内容の試合があり、
その差が激しすぎた。そして慢性的な投手の人材不足。

一応ゲンジも含めて4人の投手がいるが、ゲンジは監督から
投手としては構想から外れている。【すり足投法】の絡みからです。
それとゲンジ自身の気迫の問題。

これについてはこのカテゴリで以前エントリーした、
【投手失格の通告】 のエントリーをお読みください。
http://syounenyakyu20.seesaa.net/article/20046522.html


投手に意欲を持つ3人の選手を繰り返し登板させたが、
どれも思うような成果が上がらずにいた。

そこでコーチの一人が、ゲンジの再登板を匂わせる発言。
苦肉の策だろうが、一度は好投を演じたゲンジ。
諸般の事情で投手からは外れているものの、持っているポテンシャルは悪くない。

大会直前の練習日、そのコーチが本番の先発投手について監督に言及した。
私はその時、練習の手伝いに参加していた。

コーチ: 『大会の先発、誰で行きましょう?』
監督 : 『・・・・・・・』

コーチ: 『久しぶりにゲンジに投げさせてみては?』
監督 : 『・・・・・・・』

コーチ: 『他は皆、今は自信を失いかけています。まして次の相手は6年生。ここはゲンジに託すのも悪くないかと・・』

このコーチは4人いるスタッフの中で末席の待遇。
これまではあまり起用面では口を出さない人でした。

監督 : 『ゲンジの登板はありません』
コーチ: 『・・・・・・・』

監督も自分の考えに迷いがあったかもしれないが、
この時の私はこの監督の気持ちを素直に受け入れる事が出来た。

監督にしても、前言撤回では示しもつかず、
またゲンジも投手としての拘りを表に出し切れていない。

本来なら投手復活の最大のチャンスではある。
自宅でも投球練習はゲンジの意志で引き続き行ってはいた。

だがまだ気持ちが固まっておらず、それに肝心の『すり足』も、
それを捨てるのか? 保持するのか? その辺りもまだ決めかねていた。

これは私にもまだ迷いがあった証拠で、もう少し方向性を
キチンと定めておくべきだったと、今から思えば心残り。

この時、仮にゲンジが投げたとしても、おそらく無残な結果だったと思う。
だから私も内心は、このタイミングでのゲンジ起用はちょっと嫌でした。

投手の件については、一応気持ちの踏ん切りもついたのですが、
監督は打撃についても口を開いた。

『ゲンジは次の試合、8番に下げます。』

続きは後日。

2006年12月15日

すり足投法、復活なるか?

前回の続きです。

2003年9月

目前に迫った自チーム主催の大会を控え、
1エントリーか、それとも2エントリーか?

指導者不審で内紛勃発のAチーム。
不甲斐無い戦いぶりが続くBチーム。
それぞれが問題を抱えている時に、チーム再編の波が押し寄せようとしていた。

チーム役員は当然ながら6年生保護者がメイン。
途中退団の選手も出たりして、御家騒動が夏頃から始まっていた。

監督更迭論を唱える人と、監督擁護派の綱引きに、
5年生以下のBチームも巻き込まれようとしていた。

収まらないのはBチームの保護者。
Aの騒動の飛び火は真っ平御免! の意見が大半を占める。

6年生は残り少ないシーズンを、なんとか無難に切り抜けたい。
一方、来年の事も視野に入れたい5年生。
この時点で双方の目標はハッキリと異なる。

監督更迭派の目論見は、現Bチームの指導者を上に引き上げ、
怒号系の指導者が幅を利かせるAチーム指導陣を分離させるのが狙い。

その為には選手も引き上げねばならない。
つまり6年生単独で戦ってきたAチームに5年生を加え、
更にBの指導者も加える事で、チームを1から出直す魂胆。

そんな折、Bチームが大敗。更迭派にはこれが追い風となった。

だが5年生が抜けてしまうと、困るのが4年生以下の選手達。
新人戦はともかく、それ以外の大会や練習試合での出場が、
実質閉ざされるのを意味する。

子供はともかく、こんな事態を黙って見過ごす保護者は少ない。
当然ながらBチームの存続を願うのが当たり前。

唯一5年生保護者が言わば中立の立場か?
それでもシーズン途中でのメンバー再編は、ポジション等の問題もあり、
ましてホストの大会が迫る時期では、少々強引の感があった。

事態は一向に収束する気配が無く、膠着状態に。

だがそこで助け舟がでました。
チームの創設に尽力した長老OBの耳に、この問題が伝わった。

そこで仲介の労をとっていただき、「長老の裁定に従う」
という案を双方に打診。そしてそれを受け入れるという約束を取り付けた。

長老の裁定は、『2チームで行くべし』

この鶴の一声でようやく事態は収束。
ホスト大会は2エントリーで行く事に決定した。

こうなった以上、次は勝敗はともかく内容が求められる。
折角の2エントリー。前回のような試合内容では、
それこそ何を言われるか判らない。

試合の出来は投手にかかっている。
前回の3人のうちの誰かで行くのか?
それとも・・・

コーチの一人がつぶやいた。
『ゲンジのすり足投法もあるな・・・・』

続きは後日。

2006年12月10日

AチームとBチームの対立

前回の続きです。

2003年9月

戦前は「楽勝か?」と皆が思っていた相手に大敗を喫し、
選手・指導者・役員・保護者、意気消沈で会場を後にした。

地域でも比較的大きな大会。その低学年部門での出場でしたが、
敢え無く初戦敗退。しかも内容が悪すぎた。

初回の攻撃は軽率なプレーの連続で追加点を奪えず、
守っては繰り出した投手陣が四球連発で総崩れ。

ちなみにこの時の相手、以降は順調に勝ち進み、
この低学年部門の優勝を遂げた。
楽勝どころか、それなりの実力が伴っていたという事になる。

6年生のみで出場していたAチームも初戦敗退。
我がチームはA・B揃って勝利を挙げる事なくこの大会を終えました。

この嫌な流れの中、2週間後には我々のチームがホストの大会が迫っていた。
地元主催という事で、最低限の結果が求められる。
「最低でも3位」 これが目標。

ちなみにこの年の前年は3位。その前は優勝を飾っていた。
当初はA・Bのアベック出場を念頭に置いていたチーム役員。
招待チームは6。自チームの2と合わせて合計8チーム。

当然招待チームは高学年チーム。
この時 5年生以下で活動していた我がBチームにしてみれば、
相手はどこと当っても格上。

しかし今回の無様な試合内容で、Bチームの出場に疑問を感じた父兄が現れた。
『今の実力では、Bを出すのは招待チームに失礼ではないか?』
『Bを辞退させ、代わりに招待枠を1つ増やしたほうがいいのでは?』

確かにほぼ高学年が占める大会に、5年生以下のチームでは苦しい面はある。
だが地元主催ならではの部分もあり、これまでも2チームエントリーをしてきた。

それともう一つ理由がある。
この時のAチーム、夏過ぎから内紛が勃発していた・・
あまりに怒鳴り過ぎる監督に嫌気が差し、2名が途中退団。

残ったメンバーの中にも、やる気が失せてしまっている選手が何人かいたらしい。
春先は優勝旗を1本奪ったチームでしたが、戦力的には下降気味。

そこでゲンジを始めとした複数の5年生をAに格上げし、
改めてチームを編成し直して、1チーム体制で地元主催の大会を迎える。
これがチーム役員の描いていた青写真だ。

Bチームは大敗を喫した直後だっただけに、こうした提案を言い易い状況。
しかしこの提案が大騒動の始まりとなる。

まずはBチームの監督・コーチが猛反対。
大敗の雪辱をこの地元大会で晴らす! とばかりに鼻息が荒い。
当然Bの保護者もBの辞退には賛成出来るはずがない。

『Aチームの内紛の煽りを受けるのは、こっちにとってはいい迷惑』
『5年生が欲しいなら、キチンと筋道を立てて言うべきだ!』
『土壇場まで来てからの辞退勧告。ふざけるな!!』

これらがBチーム関係者達の言い分。


『今のBでは試合にならない。』
『チーム運営はまずAチームが最優先というのが原則!』

こちらがAチーム関係者の主張。
どちらも一理あるような気がする・・

この時の私、無責任なようですが「どっちでもいいよ」というスタンスでした。
まだ一保護者の身分でしたし、年齢も若く発言力も無かった。

1チーム体制になっても、ゲンジはそちらに召集されるのは決定的でしたから、
「大会に出る」 という部分だけを見れば、どちらでも同じ。

ただ4年生以下の保護者にしてみれば、自分の子が大会参加出来るかどうかの瀬戸際。
幾ら大敗後とはいえ、6年生チームのお家騒動のとばっちりは御免!
という過激な発言も飛び交った。

チームの成績が下降気味になると、運営面でも空回りが出てくる。
真っ向から対立したAとB。
事態をどう収拾させるのか?

続きは後日。

2006年11月30日

騒動の発端

前回の続きです。

2003年9月

繰り出す投手がことごとくストライクが入らず、
四球を与え続けてスコアは1対12・・

この惨状に応援席からは『ゲンジを出せ』コール。
親としては複雑な心境ではありましたが、
内心は『時既に遅し』の感。

ここでの登板は敗戦処理のようなもの。
まして投手候補から外した監督にしてみれば、
今更この場面でゲンジをマウンドに送るとは考えにくい。

長い相手の攻撃がようやく終り、3回表の我がチームの攻撃。
監督が円陣を組ませ、皆に指示と檄を飛ばす!

選手が掛け声をして円陣が散らばった時、
監督がゲンジに声をかけた。
『次の回、行くぞ!』 とピッチャーのジェスチャー。

ゲンジは黙って頷いた。
背に腹は代えられないのか、確かに他に投げる子がいないのは分かるが・・

しかし久しぶりにマウンドに上がる姿が見られる。
そう思うとさっきの気持ちはどこへやら。
敗色濃厚の試合展開だけに、私の興味はその1点に絞られた。

だがその希望も打ち砕かれる。

主審がベンチ前に歩み寄り、『最終回です。』と監督に告げた。
そう、相手の攻撃が長すぎてしまい、規定時間が迫っていたのです。

先攻の我がチームはこの回、11点を奪わないと負けになる。
これはかなり厳しい。

こうなればゲンジの登板は諦めるとして、なんとか一矢報いてほしい。
打順は8番から。だが簡単に2アウト。

打席には1番バッター。しかしこれも倒れてしまいゲームセット。
2番打者以降は2度目の打席に入る事なく試合を終えた。

「勝って当たり前」 そう皆が思っていた相手にまさかの大敗。
期待された投手陣も総崩れ。打線も沈黙。
そしてゲンジのサイン無視。

スタンドの保護者も、何やら言いたげのお方が多数。
2週間後には自チームが主催の大会も控えている。

試合後に一騒動が起きるとは、この時思ってもみなかった。

続きは後日。

2006年11月16日

『ゲンジを出せ!』

前回の続きです。

2003年9月

呑んでかかっていた相手なのに、拙攻の連続で追加点が奪えず、
守っては四球連発で大量点を献上。
2回裏の相手の攻撃はまだ続く。1死満塁で1対6でリードを許す。

先発投手は既にマウンドを下り、代わった投手もピリッとしない。
それはそうだろう。四球だけで6点を与えたのだから・・
相手は何もせずにボックスに立っているだけ。

最初に応援席が静かになり、次はベンチからも声が消えた。
周囲の守備陣もシラケムード。
マウンドの投手は完全に孤立していた。

主将のE君。救援のY君。揃ってストライクが入らず自滅。
監督はここで投手交代。4年生のC君がマウンドへ。

春先はゲンジと共にローテーションに入っていた投手。
彼ならこの流れを断ち切ってくれるだろう。
そう周囲も期待しましたが・・

試合経過をダラダラと書いても仕方ないほどでして・・

この回相手に与えた得点はなんと12点・・・
お話になりませんね。。。

ゲンジは投手候補から外された状態。
他の投手3人はこの試合は醜態を晒した。

私がこの時に頭で思っていた事を、周囲の父兄達が代弁し始めた。
『ゲンジを出せゲンジを!!』
『そうだ! ゲンジがいるじゃないか!』
『どうしてゲンジを使わない?!』

次第に大きな声でこうした言葉が応援席から漏れ出した。
【すり足投法】を引っさげて、2安打完封を飾ったのは、
遥か昔の出来事のようにこの時感じた。

技術面ばかりでなく、メンタル面の絡みで投手候補から外されていたが、
贔屓目を抜きにしても、ゲンジだったらここまで四球で崩れる事はなかっただろう。

同じ事を応援席の大人達も思っていたに違いない。
だからこその「ゲンジコール」だった。

しかしそんな声も聞こえているのか?いないのか?
ベンチはゲンジをマウンドへ送る気配はない。
まぁ当然と言えば当然だが。

それより相手の攻撃時間が長過ぎた。
時間制限のリミットが近いづいてきている・・

2回裏終了 1対12。

続きは後日。

2006年11月10日

四球の山・・

前回の続きです。

2003年9月

相手投手の制球が乱れ気味の時、「待て」のサインを無視したのか?
或いは見落としたのか? ゲンジは強振したが結果はファーストライナー。
ゲッツーとなってチャンスは潰れた・・

試合中のせいか、このサイン無視について直後の監督は何も注意せず。
ゲンジを問い詰めるような仕草も無かった。
当たりが強かっただけに、仕方がないと思ったのか? それとも?・・

続く7番も倒れ、この回は3人で攻撃終了。

2回の守り。初回を3人で退けているだけに、
この回も周囲は楽観していたのですが・・

この日の先発は主将のE君。
ゲンジの投手について、最初に疑問を呈したKコーチの次男だ。

春先は4年生のC君とゲンジの2人でローテーションを回した。
夏以降、ピッチャー候補から外れたゲンジに変わり、このE君と
チーム1身体の大きいY君。そして前述の4年生C君の3人がメイン投手。

色んな理由からピッチャーを外されたゲンジですが、
少なくとも私は、この時のE君よりはゲンジのほうが投手としては上だと思っていた。

『コーチの子供だからピッチャーに?』
こんな想いが頭を巡った事もありました・・

大事な大会で先発マウンドを託されるのは、期待もあるし実力も問われる。
その点少し疑問符がつくE君でしたが、早くも2回に捕まった。。

いや、捕まったというよりは自滅と言ったほうがいいだろう。
とにかくストライクが入らなくなってしまった・・

いま手元に当時のスコアブックがありますが、なんと7人連続四球・・
3点奪われて尚無死満塁。ここでようやく投手交代。

2番手は大柄なY君。春先はファーストでしたが、
あまりに捕球エラーが続き、ファーストはチームの穴になっていた。

それがきっかけでゲンジがファーストにまわる事になったのですが、
そのY君がマウンドへ。 だがこれまたストライクが入らない。

三振で1アウトを奪うも、その後は四球の連続・・
試合前の楽勝ムードはどこへやら・・

2回裏相手の攻撃中。1死満塁。スコアは1対6・・・

続きは後日。

2006年10月27日

サイン無視

前回の続きです。

2003年9月

緩慢プレーが続出した初回の攻撃を終えた後、
相手ベンチは早くも投手交代。 大柄な選手がマウンドに上がった。

息を飲むような剛球を投げ、周囲は騒然となる。
『これは打てないかも?・・』
私は嫌な予感が走りました。

こちらが相手を見下していたように、相手も我がチームを軽視していたのか?
もしこのピッチャーが秘密兵器だとしたら、
リードしている1点を守りきらないと厳しいかもしれない。
そう感じてしまうほどの逸材に映った。

投げ方は決して美しい投げ方ではなく、極端なアウトステップ。
上体の力でグングン押すタイプか。
フォームを修正すればもっと伸びるのでは? と考えてしまう。

投球練習が終わって5番が打席に入る。
ところがこのピッチャー、コントロールが悪すぎる・・

いきなりストレートのフォアボール。
なるほど。まだ荒削りの段階で、本格的に投手はさせていない模様。
ぎこちないフォームもこれで納得。

打席には6番のゲンジが入った。
初球は投げた瞬間に判るクソボール。
2球目もボールでカウントは0−2

制球に苦しむ相手投手。次もボールで0−3
監督のサインは『待て』 4球目にようやくストライク。
これで1−3となる。 5球目も『待て』が出た。

この試合は専用球場では無かったので、監督の仕草は応援席からもよく見える。
そして「待つはずの」5球目。

そこでなんとゲンジはサインを無視して強振!
真芯で捉えた打球は球速に押されたが、痛烈な当たりが右方向へ。

しかしファーストがジャンプ一番! ガッチリとミットに収めてファーストライナー。
1塁走者は飛び出しており、ベースを踏んでダプルプレー・・

一瞬にしてチャンスが消えた。

当たりは痛烈ながら、その前に『待て』のサインが出ていた。
見間違えなのか、無視したのか?

見間違えは無いだろう。「待て」のサインはとても簡単なジェスチャーなので。
間が悪い顔をしてベンチに戻るゲンジ。

監督は無言で次のバッターを見守っている。
ゲンジ・監督。そして私。
この3人はサイン無視の事をどう捉えていたのか?

相変わらず「嫌な流れ」で試合は進む。

続きは後日。

2006年10月19日

嫌な流れ

前回の続きです。

2003年9月

初回から相手のミスで、労せず先制点を挙げた我がチーム。
選手・指導者・保護者が試合前に相手を『格下』と飲んでかかっていた。

いきなりその予感が的中したような試合展開。
初めはこの緩んだ雰囲気に胸騒ぎがした私ですが、
この先制点の時点では、それも忘れてしまうほどでした。

何点獲れるか? 周りも口々にこんな話題が出ていた。
ところがここから先が問題でした・・

2番バッターのカウントはノースリー。ここで次の投球は明らかなボール球。
しかしそれに手を出してドン詰まりのピッチャーゴロで1アウト。

3番がヒットで出塁するが、いきなり牽制で刺されてしまう・・
私は見ていたので覚えていますが、ランナーはベースから離れている時によそ見をしていた。
軽率すぎるプレーでした。

2死となり4番。またもヒットで出塁するも、今度は盗塁失敗。
しかもこの盗塁、完全にスタートが遅すぎた。
ヤバイと思ったのなら、その時は無理をせずに自重すればよいのだが、
そのままズルズルと走りだしてしまう。

3人続けて集中のないアウトの取られ方を喫した。
嫌な流れですね。 さすがに監督も怒号が出ていました。

しかしスタンドで観戦していた一部のスカタン保護者は、
『ドンマイ! ドンマイ!』 などという戯言を発している。。。

なにがドンマイだ!? 状況が判っていないのだろうか?
軽率プレーにドンマイもへったくりもない。
まだ相手チームを舐めきっているのが見てとれる。

牽制や捕手のスローを見る限り、あながち弱いチームには映らなかった。
一度は収まった胸騒ぎがまた押し寄せてくる。

「守備が破綻しなければいいが・・」
そう思って見つめた初回の守り。ここは危なげなく3者凡退で退けた。
少しは安堵する。 ここからまた自分達のペースを作ってくれればいいが。

相手ベンチが早速動いた。 ピッチャー交代です。
センターを守っていた大柄の選手がマウンドに向かい、ピッチャーがセンターへ。

投球練習を始めた直後、周囲が騒然としました。
『速い!!』

5年生とは思えないボールを投じています。
どうしてこの子が先発じゃないのか? そんな疑問を感じるほど速いボールを投げてます。

ボックスの横でそれを見守る5番バッター。
急に険しい顔になり、気を引き締めた素振りを始めた。

ネクストに控える6番のゲンジ。
サークル内でしゃがみこみ、じっと相手のボールを見つめていた。

続きは後日。

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