2007年04月06日

ドラ夫コーチの役割

前回の続きです。

2004年3月


思いがけない展開で、チームの現場スタッフの末席に加わる事になった。
主な担当はスコアラー兼コーチ。成績を記録し、定期的にまとめて公表する係。

ユニフォームは支給されたが、背番号な無し。
大会ではスコアラー枠、もしくはチーム代表枠でベンチ入りする事に。

普段の練習日はノッカーやバッピーなどを務める。
現場スタッフなので、練習日には極力出席しなければならない。

だが元々頻繁に手伝いに参加していたから、それは苦にならなかった。
むしろ事務関係の役職に就くよりは楽。そう思っていた。

人によってはこの逆で、「休日の度に練習参加は困る。それなら事務関係の役職を」
というお方も多い。世の中うまく回っているものだ。

これまでスコアは我流で書いてきた部分もあった。
だが正式に書く以上、いい加減にする訳にはいかない。
ネットで調べ、本格的にスコア記入を学ぶ事に。

だがこれまで自分が書いてきた部分と、あまり相違はなく安心する。

選手起用の不満。この声が保護者から出た事は、監督の耳にも入っている。 
またそれがあったからこそ、私が入閣するきっかけにもなった。

言ってみれば、私は現場と保護者のパイプ役。
双方の意見が耳に入る立場。これを活かし、チーム運営に役立てたい。

監督はどうしても、保護者とは一線を引かなければならない立場。
この場合、時として誤解を招く場合もある。

不穏な空気を未然に防ぐ上でも、私の役割は重要。
そう自分でも認識していた。 風通しの善い土台を作りたかった。

そしてもう一つ・・
それは選手のメンタル面を見てあげる事。

子供の目線に立ち、技術面は他のコーチに任せ、
自分は礼儀や姿勢、態度などを細かく指導したい。そう思った。

そしてやる気を出させるような方向へ持っていく。
叱る時は思い切り叱る。その代わり、褒める時も思い切り褒めてあげる。

当時の指導者達、この「褒める」の部分がほとんど出来ていなかった。
だからそこは私の役目と思い、練習中でもどんどん褒めた。

こうして少しづつ、チームの空気が変わっていった。
自分でもそう思っている。

続きは後日


2007年03月21日

ドラ夫入閣

前回の続きです。

2004年2月

新年度の役員を決める事前打ち合わせ。
この席上で突如噴出した『選手起用の疑問点』

それを収束させる手立ての一つとして、新たな提案が示された。
スコアを公式に記載し、データを管理する役目。

そのデータを定期的に公開する事により、
少なくとも数字上の記録は皆が共有出来る。

問題は誰がその役目に就くのか?

『ドラ夫さん? お願い出来ますか?』
予感があったにせよ、やはり自分のところにそれが回ってきた。

この時の本心。『望むところです』 でした。
まずは自分の性格上、会長や会計といった役職は避けたかった・・

しかし最高学年の保護者として、何かの役職には就く覚悟をしていた。
会長・副会長・事務局長・会計。これらのどれか?

だが思いがけない展開で、スコア担当の役目が・・
私はそれ以前から、個人的にスコアは記入していた。

私的から公的に変わるだけの事。
前述のような役職に就くよりは、個人的には乗り気だ。
それに私自身も起用には若干の疑問も抱いていた。

その参考資料の一つに携われるのは逆に望むところ。
私は依頼を快諾した。 お母さん達も笑顔で迎えてくれた。

『ではドラ夫さんの件は、今度の保護者総会で諮る事にしましょう。』


そして保護者総会当日。
会長以下 役員の選出がスムースに進んでゆく。

そしてスコア担当の件を切り出した。
監督・コーチ、どんな想いでいるのか?・・

『それはいいですね。データがあるのは助かります。 これまでそうした物が無かったのが逆に変でしたし・・』
監督は開口一番こう仰った。

善かった・・ 反対されたらどうなるか?
これが一番不安でした。 反対されていたら、
また振り出しに戻る事になってしまう・・

だが監督は続けてこう言った。

『ドラ夫さんにはスコアだけに留まらず、コーチの一人として帯同していただきたい。』

こうして私は、【スコアラー兼コーチ】の肩書きで、
ゲンジの6年生シーズンを迎える事になった。

続きは後日。

2007年03月13日

新たな提案

前回の続きです。

2004年2月

疑問から不満へ・・
一人のお母さんが投げ掛けた様々な疑問。

総会の事前打ち合わせの席上、周囲が凍りついた。
選手の起用方法に対する疑問と不満が一気に噴出。

記録や数字 そして指導者の主観・好み。
これらが複雑に絡みあう選手起用。

スタメンは9人。不動のレギュラーもいれば、ボーダーラインの選手。
そしていつもベンチを暖める選手。

選手間で凌ぎを削り、9人の枠を目指す。
そこには正等な競争もあれば、不透明な何かがあったりもする・・

人によってはその何か が強く見えてしまうのか?
だが不満を口に出す前に、やるべき事をしているのか?
という私なりの疑問もこの場で感じた。

しかしここでそれを言うのは躊躇いがあった。
火に油を注ぐような危機感もあった。

もどかしい想いが巡る。ゲンジはどうだったか?
最初はメンバー中で最下位の実力。
毎日の自主錬の積重ねで、この時は立派に主力の一員だった。

しかし・・そんな私でさえ、一握りの不満が無かったのか?
不満が無かったと言えば嘘になる・・

前年の投手起用の件でもそう。自分が付けていたスコアでも、
ダントツに打率が1位でも、打順はずっと5番。
不動のレギュラーの親でさえ、違う次元で多少の不満があった。

『現在のうちのチーム、スコアを記入していません。現コーチでどなたかにそれをお願いしたらどうでしょう?』
こんな発言が出た。

『そうなるとどうなるんですか?』
お母さんが言う。

『選手の個人成績を公表するんです。数字の面から誰がどんな成績を残しているか? これを選手・父兄に逐次公開する。これにより、少なくとも数字だけは嫌でも残る。誰の目で見ても明らか・・』

前述のお父さんがこう説明した。
ズバリとは言わないが、言いたい事は判った。
ようするに不適当な人選を、数字面で抑止する事か?

空振り三振が多く、出塁率の低い1番バッター。
バントが苦手な2番バッター。クリンアップを任せてもおかしくない8番バッターなど・・
うちのチームで実際に行われていた用兵です。

監督なりのお考えも当然あるでしょう。
しかしどんなに不調でも交代が無い選手。
これは確かにおかしいと思う。不満が出ないほうが不思議かもしれない。

『現コーチにその役目をお願いすると、指示やその他の事で不都合が出ませんか? 新たにその役目を引き受けてくれる人にお願いしてみては? 適任の方がいるんですが・・』

その人はジッ と私のほうを見ておられた。

続きは後日。




2007年03月08日

疑問から不満へ

前回の続きです。

2004年2月

『打順やポジションって、どんな基準で決めるんでしょうか?・・・』

保護者総会の事前打ち合わせの席上、あるお母さんがこうつぶやいた。

その瞬間、周囲に沈黙が走る・・
気まずい空気が漂うなか、更に発言が続いた。

『監督・コーチの息子さんは、無条件でレギュラーなんでしょうか?・・』

このお母さん、息子さんが外野のポジション争いをしていた。
ライバルは下級生。定位置争いに凌ぎを削っていた。

当時の私が見るところ、力量は五分五分。
だがこの息子さん、ちょっとお調子者のところがあり、
監督から疎まれているような気配も感じていた。

『基本的にひいきは無い。そう思います。』
あるお父さんが口を開く。

『守備・打撃・走塁 それぞれで秀でている子が起用されるもの。後はチームの和を重んじる子かな?』
別のお父さんの声

『うちの子、どこが劣っていて、どこが優れているんでしょうか?』
前述のお母さんが言う・・

『一つのミスですぐ交代される子もいれば、どんなに不調でも代えられない子もいますよね?・・』
だんだん強い口調になってくる。

言っている事はもっとも。私もそれは感じていた。
ただ自分の子はここで言うところの【レギュラー】
どんなに不調でも代えられない選手の一人だった。

だからなのか、敢えてこの問題に踏み込む事は、これまで無かった・・

しかし目の前では、抜き差しならぬ事態を迎えていた。
不平不満 少年野球に限らず、実社会や職場でも聞こえてくるもの。

ここはうやむやには出来ない。いい加減に扱うと団結力が乱れる。
実際、このお母さんの意を決した発言に、賛同の表情を浮かべる人もこの場にいた。

どう収束させるか? だがこの場の私は一番年齢が若い。
他のお父さん方も対応に苦慮されている。

ちなみにこの場に監督・コーチは不在。監督の奥様はいたのですが・・

『指導者が、練習や試合結果から適切な人選をしていると思うのですが・・』
お父さんの一人が言うのだが・・

『試合の結果って?・・ 何か資料や記録があるんでしょうか?!』

我がチーム、チーム公式のスコアが無い。
今から思えば、とてもいい加減な事なのですが。

『記録や数字よりも、監督さんの印象とか好みが重要なのでしょうか?!』

お母さんの猛攻が続く・・

続きは後日

2007年02月22日

小学校最後のシーズンへ


【我が子レギュラー化計画・6年生、4番打者への道】 第1話

2004年2月

6年生への進級を目前に控えた2004年2月。
学童チームは2ヶ月のオフを終え、この年の練習始めを迎えていた。

前年の新人戦は惜しくも予選敗退。
その最後の試合の最後のイニングで、息子ゲンジはマウンドに上がり、
3者凡退に討ち取り幕を引いた。

投手としては結果が残せなかった5年生のシーズン。
オフに入る直前の練習試合では、2試合で4本の本塁打を放ち、
打撃面では最高の形で締め括る事が出来た。

前年は当時の6年生が単独で1チーム編成出来たが、
ゲンジ達の学年は単独では人数的に厳しい状況。
下の学年と混成でチームを編成。

またBチームを作るかどうか? この時点ではまだ不明。
春の入部希望者の様子を見てから決める事に。

指導陣は前年のまま継続。監督1名 コーチ2名。

前年はBチームだったので脇役であったが、
この年は最高学年。当然ながら主役になる。

6年生の保護者も役員等でチームをまとめなければならない。
私には何の役が回ってくるのだろう?
年齢が一番若いので、嫌な役回りがきそうな気もあったが・・

保護者総会を開く前に、事前打ち合わせがあった。
本番で役員決めで揉めないよう、事前に段取りをつけておこうというもの。

その席上で、あるお母さんがこう発言した。
『打順やポジションって、どんな基準で決めるんでしょうか?・・・』

この発言が、チームにもう一人のコーチが生まれる引き金となった。

続きは後日。

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