2005年04月18日

退団の危機

前回の続きです。

2002年2月
 
約一ヶ月半の病気療養にも回復の目途がついた頃、
息子ゲンジに個人練習の再開を打診したが、
本人は消極的な姿勢・・・
 
休みグセがついているのかと思い、しばらくは様子を見る事に。
数日後、改めて練習再開を提案したが、ここでも明確な返答が返ってこない。
この時が真冬という事もあり、治ったばかりの身体がまた悪化しても困るので、
チームが活動再開する2月上旬までは息子を自由にさせる事にした。
 
本来なら、この自主トレ期間こそ弱点を克服するよい機会なのだが、
病み上がりという事もあり、思い描いていた練習プランが大きく狂う。
それ以前に、ゲンジのモチベーションが下がっているのも気懸かりだった。
 
そして2月最初の土曜の朝。チームの練習始めの日を迎えた。
厳しい寒さと大量の雪の為、外での練習は出来ず、室内での練習だ。
 
前年は病気のために中途半端に終わっているから、
この初日は元気な姿を皆に見せるつもりだった。ところが・・
 
「寒いから練習に行くのは3月からでいいんじゃない?」
と、妻が口をはさむ。

「そんな甘い考えでどうする! 今年はポジション定着に重要な年なんだぞ!」
とドラ夫が言い返す。
 
「そんなに張り切って何考えてんの!? 雪がなくなってからでいいんんだよ!」
と妻も応戦。
 
「バカ! その間に他の子に抜かれたら、今までの苦労が台無しだぞ!」
 
とこんな感じで妻と言い争いが続いた。
妻は勝負に対する執着がまるで無く、ゲンジが負けても構わない考え。
ドラ夫は、やるからには最善を尽くすのが当然。との思いが強く、両者の主張は平行線のまま。
 それを傍目で見ていたゲンジに決めさせる事になった。
 
「今日、練習に行くか、行かないかどっちだ?」
 
散々迷った末の返答は、「今日は行きたくない・・・」

 
ドラ夫はブチ切れた。
 
「よし判った。嫌な事を無理してやる必要はない。野球が嫌なら辞めろ。
これから退団の話をしてきてやるから。」
 
続きは後日。
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