2009年02月06日

怒号系指導者

過去を振り返る 『今だから言えること・・』

第4話 怒号系指導者




ゲンジが学童野球の世界に入ったのは小学2年の冬。

春になり3年生になった時、4年生主体のBチームの一員でした。
この時の指導スタッフは3人。全て保護者が指導者でした。

うちのチームはこうした保護者指導者が一般的です。
3人の指導者、タイプで言うと3人共が怒号系でした。

コーチの一人が幾分穏やかな面がありましたが、
もう一人のコーチと監督は、かなり熱いタイプ。

当時の4年生は人数が多く、私が見ても有望な選手が沢山いた。
しかしあまりの怒号指導に嫌気をいさしていた子も見受けられた・・

保護者の一人が、『このままでは野球を嫌いになってしまう』
と指導者達に意見しましたが、そんな言葉に耳を傾けることもなかった。

私が見ていて感じたのは、彼らは子供を褒めない。
これがいけません。怒ってばかりいて、
良いプレーをして当たり前。こんな感じなんです。

子供は褒めてあげないと伸びない。これは私の持論です。
ムチばかりではいけない。時にはアメも必要。

当時のゲンジは1学年下 という事もあり、怒鳴られる事はありませんでした。
まぁ期待されていなかった。というのもあると思います。

翌年、ゲンジが4年生になった時、この年は5年生と6年生がAチーム。
前述の3人の指導者がそのまま残留。

新たにBチームは新スタッフが組閣され、
私達親子はそちらへいく。怒号系指導者とは1年の付き合いでした。

そのAチーム、覇気が無く成績もふるいませんでした・・
とくにチームワークが悪かった・・

指導者の子供達が浮いていたんです。
実力はありました。エコひいきでレギュラーになったわけではありません。

でも他のメンバーが、彼らを敬遠していたというか・・
親の怒号のせいで・・ とは言いたくありませんが、それが根底にあったのは事実だと思う。

子供にしてみれば、いい迷惑だったかもしれません。
結局この学年は、中学で野球を続けたのが半数でした。

有望な子が多かっただけに残念・・
そして指導者の子供3人も、一人は中学の途中で退部。

もう一人は高校入学時に他の競技へ。
そしてもう一人は高校入学直後に野球部を退部。

親があれだけ熱く、かなり息子にも期待していたのでしょうが、
3人とも途中で野球から去る形になりました。

私にとってもいい勉強になりました。
子供は叱ってばかりじゃ伸びない。

以降、私も6年生の時はコーチの末席に加わり、
中学軟式でも役員として練習の手伝いに関わった。

手を抜いたり、ふざけた態度の子は厳しく叱りました。
その代わり、模範的な行動をした子は思い切り皆の前で褒めました。
そうする事により、選手も善悪の区別がつくものです。

さて怒号系の指導者ですが、中学クラブでも頻繁に顔を出してくれて、
選手の指導も行ってくれました。

しかし・・
選手はもう内心は相手にしてない。 そんな素振りでしたね。
中学生にもなると、要領を掴んでいるんでしょう。

中学・高校では厳しい指導も有りかもしれませんが、
学童野球では考えものかもしれない。

怒られてばかりじゃ楽しい訳がありません。
子供の野球、一番大事なのは 
【野球を好きにさせること】 【野球は楽しい】 と思わせる事だと思うのですがね。