2009年01月22日

退団した選手の事

過去を振り返る 『今だから言えること・・』

第2話 退団した選手の事



あれはゲンジが5年生の時でした。
一つ上の学年の6年生は人数も多く、単独でAチームでした。

ゲンジ達5年生は、単独ではギリギリ人数が足りず、
一つ下の4年生達とBチームになる。

この年の新4年生、多くの入団がありました。
前年から参加していた選手を含めると、4年生だけで単独チームも作れるほど。

5年生と4年生で実力的に抜けていたのは6人。
残る3つのポジションは、他の5年生と4年生の争いでした。

こんな状態でしたので、チームはとても活気に満ちていました。
競争意識が働いて、選手達も上達に必死だったと思う。
3つの枠を巡り、監督も交互に試合出場の機会を与えていた。

しかし・・

残念ながら、力量が落ちてしまう4年生が2人いました。
二人とも代打でチャンスは貰ったのですが、
何度も三振で結果が残せませんでした。

無理もありません。基本が十分に出来ていないので、
まずはそこをしっかりと覚えないと、なかなか良い結果は出ないものです。

通常の練習日にこうした事をみっちりやりたいのですが、
よく練習を休むのです。。。。
そのくせ、試合の日は必ず来るんです (^_^.)

夏から秋に入ると、この2人はほとんど出場の機会がありませんでした。
他は熾烈なポジション争いを展開しており、
技術の差は益々開くばかり・・

そして相変わらず、練習参加率が低い・・ 悪循環ですね。
『コーチ 俺も試合に出たい・・』
私にこうポツリと呟きました。

『試合に出たいなら、まずは練習をしないと。 練習もしないで上手にはならないよ。』
私はこう言いました。

翌年、彼らは5年生に進級。チーム編成は前年と同じ。
しかし3年生が数人入部してきました。

この年は人数の関係で1チーム体制。
春先はこの3年生も試合に帯同していました。
ところが帯同しても、やる事は応援だけ。

出られる見込みの無い試合に連れていくより、
グランドに残って練習をさせたほうがいい。
そんな意見が出て、3年生専属コーチを設けて、彼らは別行動になった。

その時にチームの会長が・・
『5年生でも出られない子が二人いる。彼らも3年生と一緒に練習させてはどうだろう?』
私は賛成しました。

この時でも、まだボールを怖がったりしていた彼ら。
キャッチボールも満足に出来ない状態でした。
翌年は6年生。その時にレギュラーを取れるよう、
今からでも手を打たないと、そのままの状態で卒団になってしまう。

監督も同意見で、彼らは3年生と基本からやり直す事に決まった。
だが・・ ほどなく彼らは退団してしまいました。

戦力外通告ではなく、上達を願った上での決定でしたが、
プライドを傷付けてしまったのでしょうか・・

そこから這い上がるガッツを見せてほしかったのですが。
後から聞いた話ですが、彼らの父親もこの決定には立腹していたらしい。

しかし、あのままで彼らのためになったのでしょうか?
練習は休みが多く、試合の日は欠かさず来る。
帯同しても、出してあげる事も出来ないレベル。

もしこうした決定をせず、そのままにしていても、
彼らはそれで楽しかったのかなぁ?・・

実はゲンジが4年生の時にも、上の5年生を半分に分けて、
AチームとBチームに割り振った事がありました。
6年生が3人しかいない。という特殊な事情がそうさせたのです。

この時も波紋がありました。特にBチームになった父兄から・・
でもちょっと待ってほしい。
プライドやステイタスが優先で、実力はどうでもいいのか?

プレーする人数が限られてしまうのは、団体種目ならどれも同じ。
だからこそ、その枠に入れるよう努力しなければならない。

だが子供のスポーツでは、どうしてもシコリが残るのか?・・
チーム編成、メンバー分け。 難しいですね。