2007年04月17日

初めての「反抗」

小学校2年生の冬から息子の野球に力を入れてきました。
これまで私の言う事には従順だったゲンジですが、
中学3年になり、ついに私に対して反抗を見せました。

天敵を撃破した試合。2ベースも放ち、打撃面では合格ですが、
この日は相手に多くの盗塁を許してしまう・・

セカンドへの送球が一定せず、ボールが左右にブレてしまい、
タッチがその分遅くなってしまった。

そうなると焦るのか、どんどん送球の精度が悪くなる一方・・
相手もバントはせず、どんどん盗塁を敢行してきた。

次第にゲンジはスローの動作がバラバラになり、
収拾がつかない状態に陥ってしまう。

私はすぐにゲンジを裏へ呼び出し、緊急的にアドバイスをした。

『捕球から送球までに、0.5秒余計に時間を使っていいから、握り替えの場所、ステップの位置、中腰の姿勢。これらをしっかりと意識して投げろ!』

だがゲンジは悔しさのあまり興奮状態・・
言っている事が耳に入っていない感じ。
我を忘れた状況になっている。

以後も握り替えは出来ず、ステップ位置は足が大きく開き、
挙句に上体が浮き上がった状態での手投げ。
これでは盗塁は刺せない。最悪の状態でした。

これだけ走られまくったのは初めて。よく試合に勝てた。
投手がゲンジの不調をカバーしてくれた。
セカンドにランナーを背負ってから、粘りの投球をしてくれた。

更にキャッチャーフライもボールを追う事が出来ない・・
一体この日の不調は何なのか?・・

守備の不調が打撃にも及び、無死満塁の場面で敢え無く内野フライ。

チームは天敵相手に4年ぶりの勝利を治めたが、
ゲンジのキャッチャーとしての姿は無様そのもの・・
ただエース曰く、「リードはとても良かった」との事。
唯一の救いの言葉ですね。

帰宅途中のクルマの中でゲンジと反省会。
だがそこでゲンジの反抗が待っていた・・

本人はつまらない事を言い訳にしてきた。
『手が滑っただけ』 『指のササクレが気になった』などなど・・

そこで私が激怒。これまでの自主錬の姿勢に始まり、
私なりに溜まっていたものを吐き出した。

するとゲンジが初めて反抗しました。
自分なりの想いを私にブツけてきた。
ゲンジはとても口下手な子です。口なら私の相手ではない。

だが本人も溜まっていたものがあったのでしょう。
涙声でこれまでの経緯を必死で話している・・

親の私が熱過ぎるのか?・・ それにゲンジは必死でついてきたのか?
親子の温度差があるとは思わない。
ゲンジも真剣に取組んでいる。それは判る。

ただ・・ 私が求める要求が高度過ぎるのか?
そのギャップにゲンジも感じていて、ついに彼も我慢の限界を超えたのかもしれない。

だが私にも言い分はある。ゲンジの姿勢に疑問が全く無い訳ではない。
不満要素も何点かある。ゲームの事、勉強の事・・

ましてもう中3の4月。軟式野球で残された時間は残りわずか。
そんな焦りを私が感じても、当の本人はどう思っているのか?

親子で1時間あまりの激論が続いた。結局最後は・・
ゲンジが折れました。というか私に論破された形。

盗塁を面白いように決められたのも、
私が指示したこの項目の自主錬をしていなかった事が発覚。
肩が強くなったのを過信し、その部分を疎かにしていたのはゲンジの不始末。

それ以外にも色んな約束事があるのですが、半分は達成されていなかった。
こんな状態ではゲンジもあまり偉そうな事は言えません。

でも私も息子の反抗を目の当たりにして、接し方も変えないといけない。
そう思いました。もう子供ではなく大人に近いですから。
身体も考え方も・・ 彼の人格を尊重してやらねば。

でもなんとなく嬉しかったです^^ 不思議ですが。

『うるせえ馬鹿親父だな。 って思うなら、俺に文句を言われないようにしてみろ!』
と最後にこう言ってやりました^^

以後、わだかまりはありません。
ゲンジもキャッチャー関連の練習もしているようです。
本番で無様な姿は見せてほしくないですから^^

中3にしてようやくの反抗。これが善い方向へ行ってくれる。
私はそう信じています。



posted by ドラ夫 at 14:51| Comment(36) | TrackBack(0) | 技術指導の方針とは? | 更新情報をチェックする

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