2006年12月30日

ペナルティの降格

前回の続きです。

2003年9月

『ゲンジは8番に下げます』

監督の口から思いがけない言葉が出た。
コーチも呆気に取られていた表情。

近くで道具の整理をしていた私の耳にも、当然ながらこの言葉が入ってくる。
私は平静を装っていましたが、内心はその理由が知りたかった。
その想いを察したのか? 監督が私を呼び寄せた。

監督 :『先日の試合、ゲンジは私の【待て】のサインを無視しました』

制球に苦しむ相手投手と対峙し、カウント1−3からの5球目。
【待て】のサインが出たはずを、ゲンジは強振。
結果はファーストライナーでダブルプレー。一瞬にしてチャンスが消えた。

その時のエントリーはこちら↓
http://syounenyakyu20.seesaa.net/article/26234328.html

監督 :『本来なら、ああいうプレーをした選手、次の試合はベンチです。』
    『しかしゲンジを外すのも何かと大変なのも事実。』
    『他に当ってきている選手もいますから、次の試合はゲンジを8番にします。』

私は即座に納得した。ようするにペナルティの意味合いがある。
あの試合後、直接にはサイン無視の話は出なかった。
だが監督も、それをそのまま捨て置くのもダメだと思ったのだろう。

他の選手への示しもある。サイン無視をしたゲンジも悪い。
スタメン落ちにならなかっただけ、まだマシかもしれない。

私はこれらの事を監督に告げ、全て納得した旨を伝えた。

監督 :『ゲンジには何故打順が下がるのか、サイン無視の件と共に私から話をします。』

『ゲンジを出せ』コールが保護者から沸き起こり、
そのゲンジを投手起用しないと明言。
更にはペナルティからの打順降格・・

私とゲンジにとって、まずは信頼を取り戻す必要性を感じた局面。
次の試合は是が非でも、ヒットを打つのが至上命題となった。

私は俄然気合が入った。『よし! 見ていろよ!』という心境。
気持ちを切り替え、次の展開に持ち込む構想を練り始めた時、
別の役員がその場に現れた。

『大会の組み合わせが決まったので、一応こんな感じですが・・』

そこには8チームでのトーナメント表が書かれていた。
我がBチームの初戦の相手は・・

隣市最強のAチームでした。

顔がこわばる監督。コーチ。そして私・・・

続きは後日。

2006年12月29日

コーチの進言

前回の続きです。

2003年9月

我がチーム主催の大会が近付いてきた2003年9月。
自チーム内の混乱もひとまず落ち着き、
5年生以下のBチームもエントリーする事になる。

他の6チームは招待チーム。勿論全てAチームです。
我がチームからA・Bの2つが出て、全部で8チーム。

ゲンジがこの時に属していたのは、5年生以下で編成されていたBチーム。
他の7つと比較すると、当然ながら戦力的には一番落ちる。

Aの監督はBの有望選手を引き上げる腹づもりだったが、
その目論見はBチーム保護者の反対で退けられた。

この時のBチーム、良い試合をする時と、悪い内容の試合があり、
その差が激しすぎた。そして慢性的な投手の人材不足。

一応ゲンジも含めて4人の投手がいるが、ゲンジは監督から
投手としては構想から外れている。【すり足投法】の絡みからです。
それとゲンジ自身の気迫の問題。

これについてはこのカテゴリで以前エントリーした、
【投手失格の通告】 のエントリーをお読みください。
http://syounenyakyu20.seesaa.net/article/20046522.html


投手に意欲を持つ3人の選手を繰り返し登板させたが、
どれも思うような成果が上がらずにいた。

そこでコーチの一人が、ゲンジの再登板を匂わせる発言。
苦肉の策だろうが、一度は好投を演じたゲンジ。
諸般の事情で投手からは外れているものの、持っているポテンシャルは悪くない。

大会直前の練習日、そのコーチが本番の先発投手について監督に言及した。
私はその時、練習の手伝いに参加していた。

コーチ: 『大会の先発、誰で行きましょう?』
監督 : 『・・・・・・・』

コーチ: 『久しぶりにゲンジに投げさせてみては?』
監督 : 『・・・・・・・』

コーチ: 『他は皆、今は自信を失いかけています。まして次の相手は6年生。ここはゲンジに託すのも悪くないかと・・』

このコーチは4人いるスタッフの中で末席の待遇。
これまではあまり起用面では口を出さない人でした。

監督 : 『ゲンジの登板はありません』
コーチ: 『・・・・・・・』

監督も自分の考えに迷いがあったかもしれないが、
この時の私はこの監督の気持ちを素直に受け入れる事が出来た。

監督にしても、前言撤回では示しもつかず、
またゲンジも投手としての拘りを表に出し切れていない。

本来なら投手復活の最大のチャンスではある。
自宅でも投球練習はゲンジの意志で引き続き行ってはいた。

だがまだ気持ちが固まっておらず、それに肝心の『すり足』も、
それを捨てるのか? 保持するのか? その辺りもまだ決めかねていた。

これは私にもまだ迷いがあった証拠で、もう少し方向性を
キチンと定めておくべきだったと、今から思えば心残り。

この時、仮にゲンジが投げたとしても、おそらく無残な結果だったと思う。
だから私も内心は、このタイミングでのゲンジ起用はちょっと嫌でした。

投手の件については、一応気持ちの踏ん切りもついたのですが、
監督は打撃についても口を開いた。

『ゲンジは次の試合、8番に下げます。』

続きは後日。

今年もお世話になりました

今年も残りわずかになりました。
このブログも無事に2回目の正月を迎えられそうです。

帰省や旅行等でお出掛けになられるお方も多いと思いますので、
少し早いですが年末のご挨拶をさせていただきます。

今年の年頭に掲げた目標。
【上部大会進出】 これを果たす事が出来ず、
また3位以上の成績を一度も残せないシーズンになってしまいました。

来年こそは悲願の上部大会に是が非でも出場したいです。

ブログを始めてから来春で丸2年になります。
私がこうしてブログに熱中出来ますのも、
毎日多くの訪問者様。そして叱咤激励のコメントをくださる皆様のおかげです。

昨年のご挨拶にも書きましたが、
今年もこの1年でコメントを頂戴したお方のお名前を列挙し、
ご挨拶に代えさせて頂きます。(順番は今年の登場順です)



Shinさん かにさん ]ゲームさん ゆうちろさん 
でぃあさん ハチローさん アンドロメダさん Skyboys広報さん
ヘボ審判さん シャドウPさん metooさん さとるさん 少年野球コーチさん

背番27さん ぶっ叩け〜!さん うめたろうさん 棒銀さん にゃんこ先生
父マサさん K太父さん ど花弁さん 始動者さん ハッシーさん
ズンドコ節さん いけいけB監督さん トルネードさん O−23さん

ガッツさん touchさん 困り困る少年さん 屋魔駄田路宇さん
ブラックソックスさん 隊長さん どぐされ野郎さん わいさん
月影のオヤジさん たんぽぽパパさん 星十徹さん フルコーチさん

元マネさん Jコーチ見習いさん ジジイ指導者さん 新人さん
プーミーさん ライ9さん パームボールさん Fastballerさん
てんてんさん つよしさん 亀仙人さん フルスイングさん

MASAさん ともさん かめさん 満木月風さん fuuさん 文球さん
ヒロシさん 一発屋さん ゆずりはさん hitomiさん 館長・P助の父さん
おかあさん ノナメさん 本田吾郎さん はっぴいかあちゃんさん

hiroさん 背番号1を目指す子の父さん たえこさん Shunさん
某少年野球監督さん わたのりさん 四十肩コーチさん 五十路コーチさん
baseball−oyajiさん リナケイパパさん コーチさん 味児空羽さん

過保護オヤジさん keiさん 小学校時代少年硬式野球の父さん
でんすけさん 強兵さん 草野球でヒーローになる方法さん 
SUN−MARINESさん ツウランドットさん 大智のパパさん 端っこさん

どかべんさん 後藤孝志さん 野球狂のお父さん 元野球小僧さん
野球かあちゃんさん 今日も今までの最強スイングさん ぶんさん
ホッシー君さん 現役高校生さん bombersha1banさん れみさん

隆太さん タイムリーパパさん 新米パパ監督1年目さん りゅうパパさん
たろーさん どらえもんさん 野球中年さん Fさん 鴎さん びゅうさん
とうさん 白帽子さん 穴金空歩人さん みかんさん 印さん

ぶきような親父さん takaさん Dinoさん ナオナオさん 山サン
野球小僧の母さん ぺスさん 仙人掌さん フッチーさん ナルさん
yuumaさん Oggさん seoさん  ひさしさん Let's Enjoy Baseballさん

雅夫さん bearsさん 球審パパさん コンさん ジョルジュさん
野球おやじさん HALさん ひのえうまさん 代理監督さん
元気さん YOUさん 野球LOVEさん ヨッピーの父さん

ちょいワル親父さん 現中学生さん グラスホッパーさん 哀愁コーチさん
どっこい大作さん スティンガーさん コロコロ親父さん マサカリ23さん

goodmakerさん まつさん 南B30さん まー&けんパパさん
とんぼがかりさん てつやの父ちゃん S太の父さん カツさん
やっぱりサードが好きさん にゃかこさん モラーさん こたの母さん

応援母さん あいなさん リゲ〜ベース専門怪盗〜さん ケロの父さん
フルフルさん 初顔さん とんぼさん musashiさん DANさん
とぉたろ〜。さん 龍馬父さん おちあいさん 雅さん ナルト(?)さん

RKさん 中学野球comさん maa3さん  一コーチさん
頑張れ野球少年さん  Ayigusさん 



以上、184人の方からコメントを頂きました。
誠にありがとうございました。とても勇気づけられました^^



このブログは明日以降も、時間の取れる限り更新するつもりです。
【我が子レギュラー化計画・5年生編】を集中連載する予定です。

それでは皆様、良いお年をお迎えください。

posted by ドラ夫 at 00:41| Comment(51) | TrackBack(1) | 日記 | 更新情報をチェックする

2006年12月27日

【圧縮バット】 王貞治モデル



sadaharu.jpg
王 貞治

通算本塁打数868本はハンク・アーロンの755本をはるかに上回る記録で、
「世界の本塁打王」「世界の王」とも呼ばれる。

現在30代中盤以降の年代の方は、きっと少年時代は王選手に憧れを感じていたでしょう。 
数多くの記録を保持しており、長嶋茂雄氏と並んでONと呼ばれ、
野球界のスーパースターである事に異論を唱える人はいない。

中日ファンの私ですが、王選手のホームラン記録更新の時は
世間が熱狂の渦だったのを克明に覚えています。

700号で盛り上がり、ベーブ・ルースの記録を抜き去った715号。
そしてハンク・アーロンの記録を破った756号。

球団という垣根を超え、この時ばかりは日本中のプロ野球ファンが
その動向に注目。そして記録を称えた。

本日ご紹介するのは、この王選手が愛用していた圧縮バットです。


general5.jpg

ゼネラル・サクライ製の圧縮バット。【王貞治モデル】です。


general4.jpg

焼印の上部に、【Sadaharu O Model】 と記されています。


ゼネラル・サクライ。現在はプロマークというブランド名で
主にホームセンター等で販売されている野球用品メーカーです。

王選手、長嶋選手共にゼネラル・サクライ製のバットを使っていた時期がありました。
王選手はルイスビル・スラッガー製のバットも使っていましたね。

さてこの圧縮バットとは何か?
初めてこの名を聞いた方もおられるでしょう。

それもそのはず。現在のプロ野球では、この圧縮バットは禁止されているからです。

圧縮バットとは原料の木材にシリコン樹脂を注入し、
それをプレスマシンで強力に圧縮します。

これにより脅威的な硬度、抜群の反発力が生み出されます。
一部メーカーではアマチュア用に現在でもこの圧縮バットを生産しています。

ゲンジの使っているトレーニングバットも、この圧縮製法で作られている。
今春のワールドベースクラッシックでは、中日の福留選手が、
圧縮バットに興味を示したと報道されました。

プロやメジャーでは禁止ですが、国際大会では今のところ使用が認められているとの事。
実際に今年の大会で使われたかどうかは知りませんが・・

このバットは王モデルという部分と、圧縮という点で興味があり、
コレクションとして入手したものです。従って実打はしていません。

本当は打ってみて、圧縮バットの打感を経験してみたいのですが^^

世界のホームラン王のバットを所有するのは、気分的にもいいですね^^
まぁこれは軟式用のレプリカといった類いの物ですが。

王選手の記録はもう誰も破る事は出来ないでしょうね。
なにしろ年間40本のホームランを20年続けても、
それでもまだ届かない数字ですから、いかに凄い記録か・・・

seban1.gif

私も自分の目で王選手の現役時代を見れた事、
とても幸運だったと思ってます。

王さんは今年は病に倒れましたが、今はもうすっかり回復されたようです。
来シーズンは元気な姿をファンの前で見せてくれるでしょう。

sadaharu2.jpg





2006年12月26日

腹が立つ出来事から想うこと

クリスマスイブの夜、我が家でもささやかなパーティーをしました。

以前にも書いたのですが、我が家は敷地内に住宅が二棟有り、
1つが私の家で、もう一つが私の両親の家です。

クリスマスの日は両親宅で一緒に夕食。
その食後の団欒の時に腹が立つ出来事がありました。

ゲンジも来年は中学3年生。高校受験の事も考えねばならない時期です。

一応はクラブチームの主将を務めていますし、
勉強もさることながら、野球についても進学先については気になるところ。

本人の意志もありますし、希望もあるでしょう。
私なりの希望も当然あります。妻は妻の考えもあるでしょう。

それぞれが色んな想いを持っていると思います。

学業のほうは大体学年の平均レベルでしょうか。
可もなく不可もない。といった感じですかね。

今年 高校1年の姉は学業は優秀でしたから、
勉強面ではゲンジも何かと姉と比較されてしまう。

そんな状況なんですが、私の母がこんな事を言いました。

『高校で野球なんかやらないほうがいい。』
『毎日帰宅が遅く体力的にも大変だから、そんな事はさせないほうがいい。』
『上下関係が厳しく、最初は雑用ばかりだから、そんな部活はやらないほうがいい。』

そして話は現在の野球にも及び、
『練習ばかりすればいい。なんてもんじゃない。』
『家での練習なんか止めさせろ。子供が気の毒』

最初は黙って聞いていた私ですが、延々とそんな事ばかり言いますので、
ついに我慢の限界を超えてしまった。

『うるせー! 余計な事を言うな!』

母は近所の友人から高校野球の様子を耳にしていたんでしょう。
体力的、精神的にも大変な世界ですから、心配する気持ちは判ります。

しかし自分の孫が中学野球でそれなりの成績を残し、
更には息子である私が熱心に力を入れているのを知っていて、
どうしてそんな事を言うのでしょうか?・・

私は怒鳴った後にすぐその場を離れ、自室に戻りました。
直後は怒りがなかなか収まりませんでしたが、
冷静になってみると、これが我がチームの抱える問題の一つなんだな。
そう思えてきたのです。

私のように熱心に物事を考え、どうしたらチームが強くなるか?
それを日々模索しながら動いているのに、その同じ家の中では、
まるで反対の考えを持っている人がいる。

肉親同士でもこのギャップです。各家庭で捉え方に違いがあるのも無理はない。

合同自主トレの企画にしても、賛同者がいてくれる反面、
それを快く思わない父兄もきっといるでしょう。

オフの期間が長いと感じても、それを無くされては困る。と言いたげな人。
あらゆる面で足並みが揃わない。

ここが硬式チームと決定的に違うところなんでしょうね。
硬式チームは親も子供もそれなりの覚悟で入団する。
チーム方針や決め事には協力もしなければならない。

軟式クラブにも厳しい所は当然あるでしょうが、
残念ながら我がチームに関して言えば、全ての面でヌルイと言わざるをえない。

かと言って、私もある程度は承知して今のチームに息子を預けた。
だからあまり自分の主張ばかりを前面に出すのもどうか? とも思う。

その辺りのジレンマが以前からあり、モヤモヤしている所に母の妄言。。。

ちょっと参ってしまいますね。
年末も短い時間ながら自宅練習をしたいのですが、
家族の理解を得る事が出来るのか? ちょっと自信がありません。

まぁ何を言われようとも練習はしますが^^

当のゲンジは今回の一件では平静を装っています。
本人はどんな希望を持っているんでしょうか?

公立か? 私立か? 普通高。商業高。工業高。
硬式なのか、軟式高校野球なのか?
それとも野球から去るのか?・・

色んな選択があります。勿論、点数を獲らないと入れない学校もありますが^^
私の希望は硬式で野球をしてほしい。
本人も多分そのつもりでしょう。 多分ですが (^^;

2006年12月25日

危機感

土曜日はみっちりと親子練習に励みましたが、
翌日の日曜日は私の気合が空回り・・・

同じように練習をするつもりだったのですが、
ゲンジの友達が大勢我が家に遊びにくるとの事。

いわゆる「クリスマス会」ですかね^^
野郎同士の集まりなので、クリスマスと言うよりは忘年会か?

ドラ夫塾の塾生達もこの中には含まれている。
こうした親睦も大事なので、私もこの日は練習を免除。
思い切り遊ばせる事にした。

約束は午後からでしたので、正午前に所用でゲンジと隣市まで出掛ける。
ところがその道中、私とゲンジの危機感を煽る光景を目にしてしまう・・

隣市にあるクラブチームの選手達が、必死の形相でランニングをしていました。

ユニフォームに身をまとい、練習に励んでいる姿を見ると、
オフに入っている我がチームとの差を感じてしまう。

このチームとは境界線の関係で、クラブチームの地区予選では別ブロック。
予選で当る事はありません。
しかし中体連やローカルの大会では、クジ次第では当然当る可能性もある。

同じ地域でありながら、片やオフ。片や練習。
この差は大きいと思わずにはいられない。

そもそも我がチーム、どうして冬の2ヶ月はオフなのか?
私も明確な理由は知らないでいる。

創設時からの伝統なのか? 12月。1月はオフ。これが暗黙の了解になっている。

温暖な地域では通年活動するのが当たり前かもしれない。
硬式チームの一部では、大晦日と元旦のみ休み。
残りの日は全て練習。こんなチームもあるようです。

まぁ個人的にはそこまでやるのもどうかな? と思うのですが、
せめて週末の土日のうち、1日位は冬でも練習日を設けては?と思ったりもする。

私もこうした面が気懸かりで、12月は第3週まで合同自主トレを企画した。
これにより、本当のオフ期間は約一ヶ月短縮された形になる。

ゲンジも口にこそ出さないものの、
ライバルチームが練習をしている光景を見て、何かを感じたはず。

我がチームが新年1月の最終週に練習始めを向かえますが、
この時にこのライバルチームはどこまで仕上がっているのか?

出だしから遅れをとっているのは明らかです。
この遅れを取り戻すのに何日かかるのか?
危機感を感じずにはいられません。

今年については、もうどうにもならない。
私が動けるのは、せいぜい開始日を一週間位早めるのを提案する位でしょうか?

それでも温度差のある父兄からは文句の声が聞こえてきそう・・
予選を勝ち抜き、上部大会に進出するのは容易ではない。

チームとしての取組みからして、我がチームは甘いのかもしれません。
様々な決め事や慣習を、私一人で変えてゆくのは無理がある。

それでもなんとかしたい! そう思って合同自主トレも企画したりした。
来季に向けての活動、既にライバルは動きだしているのだと思うと、
私も今後の構想を見直さねばならないかもしれません。

2006年12月24日

久しぶりの親子練習で感じた事

11月下旬でクラブチームはひとまずオフに入り、
12月は第3週まで合同自主トレを行いました。

そして新年の1月下旬までおよそ1ヶ月のオフに入った訳ですが、
今週末は久しぶりにゲンジと親子2人で練習を行いました。

クリスマスの時期にグランドがまだ使えるのは、近年では珍しいです。
こんな事ならもう1週、合同自主トレが出来たのですが・・

シーズン中は平日は部活。週末がクラブで練習か試合。
ですから親子で外での練習というのは、最近はあまり出来ませんでした。

自宅での室内練習では、私も時間の許す限り付き合いますが、
外で本格的に行う練習は久しぶりです。

思えばこの親子練習、ゲンジが小学生の頃はほぼ毎日行いました。
私も仕事をやり繰りし、付き合いもほとんど断り、
陽の長い季節は一目散に自宅へ帰り、薄暗くなるまで特訓を重ねたものです。

中学に入ってからは、前述のように部活がありますから、
私も夕方での自宅練習はあまり付き合えなくなった。

土曜日はいつものグランドに出掛け、みっちりと練習を積む事が出来た。
ノック。トス打撃。ピッチング練習。キャッチャー練習。

練習に付き合っていますと、自然に小学生だった頃のゲンジを思い出しました。
最初はセンターでフライ捕球の特訓をしました。

打てなかった時期にはひたすらボールを投げ、ネットに向かって特打ち。
5年生になり、投手候補になってからは投球練習に没頭。
二人で作り上げた『すり足投法』 も一度は結果を残す事も出来た。

6年生の時にはファーストの守備練習に明け暮れる。
ショートバウンドを何球も投げてやり、捕球の感覚を身に付けさせた。

ゲンジには何度も怒鳴りちらしました・・
道具を放り投げて怒りまくったのも一度や二度ではありません。

泣きながら守備につくゲンジに、鬼のようにノックを浴びせたのも何度かある。
懐かしいというか、恥ずかしいというか・・

この自主錬について、ゲンジは一度も文句を言った事はありません。
よく我慢してついてきたものです。

ややもすると、親の私の自己満足があったかもしれない。
ある意味、ゲンジはその犠牲になっていたのかも?

けれど、6年生のシーズンでは個人的には大活躍をし、
中学入学後も2年続けて出塁率は1位。 打率も今回は2位を大きく引き離した。

こうした結果を残せたのは、やはり家での特訓が大きかったと思う。
これがなければ? 成績はもっと平凡に終わっていたかもしれない。
当時はそんな事も考えず、ただひたすら上達のみを考えて動いていました。

あれだけ下手クソだった息子が、今では大きく成長しました。
ノックを打っていても、いとも簡単にボールを捌く。

ロングティーでも大きな当りを飛ばし、ピッチング練習に至っては・・
恥かしいですが、もう怖くて捕るのも一苦労です・・

ストレートも速くなり、変化球もそこそこ曲がるので、
野球経験の無い素人親父には、もうここらが潮時か?
身の危険を感じてまで、キャッチャー役をするのもねぇ (^^;

息子に手加減をされるほど、まだ老け込む歳ではない。
そう思いたいのですが、実際はもう限界です^^

これを読まれている小学生のお父さん、お母さん方。
今のうちに思い切り練習に付き合ってあげてください。

短い時間でも構いません。継続して行うのが大事です。
この繰り返しで、息子さんは少しづつ進歩していくでしょう。

中学に入れば、正直親の出番は無いです^^ 色んな面で。 
勿論、手伝ったりアドバイスをしたり。それは可能ですが、
子供の技術進歩の早さには驚く事のほうが多いでしょう。

逞しくなった身体つきを眺めながら、順調に成長している喜びと、
自分自身が日々衰えていく寂しさ。
この二つが一度に頭を巡り、なんだか複雑な心境ではあります。

年が明ければ中学最後のシーズンです。
でももう一度・・

小学生の頃のゲンジとキャッチボールがしたいなぁ。。。
あの頃にもう一度戻りたい。 

現小学生の息子を持つお父さん。お母さん、いつかきっと私と同じように想う日が来ます^^
だからこそ、今を大切に過ごしていただきたいです。

今日はちょっと変なエントリーになってしまいました。
すみません。 m(__)m

posted by ドラ夫 at 16:54| Comment(56) | TrackBack(0) | 技術指導の方針とは? | 更新情報をチェックする

2006年12月21日

郭 源治さんのサイングッズ

このカテゴリーも今回で3回目。
今回は我が子ゲンジの名前の由来にもなりました、
郭 源治さんのサイングッズを紹介します。


kaku6.jpg


郭 源治投手。台湾出身で1981年のシーズン途中に中日ドラゴンズ入り。
翌年から先発ローテーションに入り、二桁勝利を挙げる。
以降ドラゴンズの主力投手として活躍されました。

150kのストレートと切れ味鋭いシンカーを武器にして、
チームはもとよりリーグを代表する名投手でした。

先発完投型だった郭投手に転機が訪れたのは1987年。
当時初めての1対4の大トレード。中日に落合博満選手が移籍し、
中日の抑え投手だった牛島選手がロッテへ行く事に。

このトレードで抑え投手不在となった中日。
当時の星野監督は、郭 源治投手を抑え役に指名。
これが大成功となりました。

試合終盤で1点でもリードを奪えば、マウンドには郭投手が立っていました。
またその派手なガッツポーズでファンを魅了。
『郭ダンス』と呼ばれたパフォーマンスには、私も大いに刺激されました。


いつしか私は、自分に男の子が生まれた時には
郭選手から名前を頂戴しよう。そう思うようになりました。


shikishi.jpg

これは郭選手の直筆サイン色紙です。


ball.jpg

そして直筆のサインボールです。


ゲンジが誕生した時に、なんとかこの子の為に郭選手のサインが欲しい。
そう思って色々と手を回して入手しました。

書体が若干違うのは、年代が異なるからでしょうか?
両方共に背番号は33番時代のもの。
入団当初は30番を付けていました。


ドラゴンズファンとして。また郭選手のファンとして、
どうしても忘れられないのが1988年の優勝です。

以前にも書きましたが、私達夫婦が結婚したのがこの1988年。
この結婚式を目前に控えた10月7日。ナゴヤ球場。

ヤクルトを迎えてのこの試合、勝てば中日の優勝が決まる大一番。
そしてゲームは序盤から中日の大量リードで最終回の守り。
マウンドには郭投手が上っています。

この時テレビの実況でアナウンサーが言ったセリフ、私は今でも忘れません。

『郭はもう泣いています! マウンド上の郭は早くも泣いています!』

後一人討ち取ればゲームセット。
この場面で郭投手は感極まり、涙を流しながらの投球となりました。

この光景を見た時、不覚にも私は貰い泣き。
優勝を決める嬉しさと、郭選手の男気に惚れてしまった。

最後のバッターを三振に斬って取り、中日は優勝。
郭選手も胴上げ投手になりました。


さて名前を頂戴したゲンジですが、どういう訳か・・
郭選手とは正反対の性格のようです^^

派手なポーズとは無縁でいつも寡黙。
闘志を内に秘める性格でしょうか?
竹を割ったような性格で、一昔前の古風な男。といった感じ。

まぁこれはこれで彼の個性ですからね。仕方ありません (^^;

いつの日かゲンジがドラゴンズの背番号33番を背負ってくれれば?
親としてこの上ない喜びですが、まぁこれは途方もない夢でしょう^^

そんな事よりゲンジよ。どうしてお前は巨人ファンなんだ?!

kaku.jpg


2006年12月20日

アッパースイング

昨年の今頃は、ゲンジの「左打ち」に関するお話を何度かしました。

シーズンが始まり、実戦で左打席に入ったのは一度のみ。
その時のエントリーはこちら↓
http://syounenyakyu20.seesaa.net/article/14780070.html

本人は右打席に拘りを持ち続け、左打席はあくまで練習の一環。
私もゲンジを左に転向させる気はありません。

今年もオフに入り、昨年と同様に左打ちの練習にも重点を置いている。
勿論、シーズン中も素振りやバッセンでは左打ちの練習もしてきました。

左を練習させている最大の目的は『バランス』です。
身体のバランスを養い、また右と比較して苦手な左ですから、
ボールを最後までよく見ようとする。

左を練習する事により、右打席にも得る部分が多いのではないか?
そんな考えの基、日々練習を繰り返しています。

右の時には気付いた事は指摘する私ですが、
左については何も言いません。自由きままに打たせています。

ところが最近、本人は知ってか知らずか?
左の時には強烈なアッパースイングになっています。

しかもこのアッパースイング、ツボにはまるともの凄い飛距離を飛ばします。
右の時よりもかなり飛んでいる印象。

ですが反面、精度は落ちてます。打ち損ないや空振りも、
右と比べると格段に多い。 一長一短といった感じか。

右の時には極端なアッパーにはなりません。左の時だけです。
それでも私は何も言いません。試合で左打席には立ちませんから。

好きなように打たせていますが、さてこのアッパースイング。
小中学校の指導者で、アッパーを推奨されるお方は少数ではないでしょうか?

とくにうちのクラブの監督は、『フライを上げるな』
が口癖のお方ですから、アッパースイングなど論外でしょう (^^;

しかしゲンジの左を見ていると、本当にアッパーはダメなのか?
という疑問も湧いてきます。
勿論、私はアッパーを推奨するつもりはありません。

むしろ子供のうちは、やはりアッパーは好ましくないのでは?
という考えを持っています。
ゲンジも右打席でアッパー気味になれば、すぐに矯正させるでしょう。

一般的に何故アッパースイングが敬遠されるのか?

色んな理由があるでしょうが、まずは高めのボールにうまく対応出来ない点。
それとレベルスイングが「線」でボールを捕える感覚に対し、
アッパーは「点」で捕える事になり、技術的に難易度が高いからか?

それとアッパーで外野を越える当りを連発させるには、
ある程度のパワーは絶対に必要でしょう。

大きな当りを狙うからには、相応のパワーも不可欠。
逆に言えば力が有り、技術も兼ね備わっているのなら、
アッパースイングもその選手には大いに結構。という事になるのかもしれない。

だからこそ、子供が無意識にアッパーになれば、
それを直そうとするのが指導者なのかもしれません。

つまり将来のある小学生にアッパーを教えるより、
普通のスイングを教えたほうが、結果的にはその子のためになるのでしょう。

メジャーリーグの強打者は、このアッパースイングでホームランを量産している選手も多い。

私が個人的に好きなのはちょっと古いですが
ケン・グリフィーJr。 マーク・マグワイア。モー・ボーン。
彼らの低めをすくい上げて放つホームランは、一種の芸術にも見えました。

これを見ても判るように、アッパースイング自体が悪いスイングではない。
ただ難易度が高く、子供には不向きな打法。という事でしょうか?

さてゲンジがいつまでこのアッパーを続けるのか?
本人はアッパーになっているとは、おそらく気付いていないでしょう。
今度ビデオに撮り、映像を見せて反応も見てみたいと思います^^

空振りか、バカ当りか? 見ているとそれなりに魅力もあるんですがね^^

posted by ドラ夫 at 22:47| Comment(27) | TrackBack(0) | 技術指導の方針とは? | 更新情報をチェックする

2006年12月18日

手の指も長くなりました

このブログは息子ゲンジが中学入学直前の、
小学6年生の3月にスタートしました。

そのゲンジも来年は中学3年生。早いものです。

過去に身長が伸びたり、靴のサイズが大きくなった話はしましたが、
それに伴い手の指も随分長くなりました。
と言うより、もう私とほとんど同じ長さです。

身長はまだ10cm以上は私のほうが高いのですが、
指の長さはついに並ばれました。

指の長さが変化していった物差しは、打撃用手袋を見れば分かりますね。
一番最初に買ってあげたのは、小学4年生の夏。
JMサイズ。子供用のMサイズですね。

6年生の時にはそれがJLサイズになり、中学入学後が大人用のSサイズ。
今年の春先がMサイズでした。

ほぼ1年毎に指が長くなってます (^^;

本人から珍しく、『打撃用手袋を買いたい』と申し出がありました。
普段は親の私のほうが世話を焼き、アレコレと買ってしまうのが多いので、
本人からのリクエストはなんとなく嬉しかったです^^

現在使っているのがMサイズなんですが、それが窮屈になってきたらしい。
そこで今回はLサイズにサイズアップです。

これまではミズノ、フランクリン、そしてアンダーアーマーの手袋を使ってきました。
今回ゲンジが選んだのはNIKEでした。

nike.gif

NIKE スフィアエリートです。


羊革と山羊革のコンビネーションで、最初から指先が湾曲したデザインです。
カラーは5種類ありますが、その中でも一番地味な黒&シルバー。

高校になると黒一色。あるいは白一色の手袋しか使えなくなる。
こうした2色以上の色を使えるのも中学のうちだけ。

中学最後のシーズンを、この手袋で乗り切ります。
1本でも多くのヒットを放ってほしいものです。




posted by ドラ夫 at 22:25| Comment(27) | TrackBack(0) | 野球道具について | 更新情報をチェックする

2006年12月17日

「考える時間」を与える練習

この週末で合同自主トレも最後になりました。

この時期にしては珍しく降雪が無く、グランドを十分に使えた。
最後の日は参加者が選手のほぼ全員。

当初は控え組の参加率が悪く、憂いていたのですが、
最後の週は皆が自主的に足を運んでくれました。嬉しい事です。

先週は『仕切らせてほしい』 というお父さんにお任せしましたが、
今週は私が指揮を執りました。

最後なので何かと試したい事が多く、ここは譲歩せずに自分の主張を通した。
周囲も理解を示してくれたので、スムースに練習に入る事が出来ました。

今回取り入れたのが、実戦形式のシートノックです。
各ポジションに選手を配置し、ノッカーが打席に入る。
投手が投げる真似をし、ノッカーがボールを打ちます。

当然、ボールをどこに打つかは選手は分かりません。
またランナー役もつけます。ノッカーが打ったらランナー役が走る。

これは別に珍しい練習ではなく、多くのチームで取り入れているでしょう。
しかし我がチームはほとんどやりません。。。

この日のテーマは、「考える時間」を与える練習

サッカーやバスケットとは異なり、野球にはプレイの最中に『間』がある競技です。
『間』があるという事は、次のプレイを予測し、組み立てる時間があるという事。

例えば無死満塁ならどんな守備体系をとるのか?
外野手はなにを想定するのか? など。

アウトカウント、ボールカウント、ランナーの有無、ランナー配置、点差、
これらを幾つも組み合わせると、かなり多くのパターンがある。
攻める側の作戦もそれこそ幅広い。

刻々と変化する状況を、『間』がある時に考え、行動するのが野球の醍醐味の一つでしょう。
ところがうちの選手達、こういう部分がまだ弱い。

これには原因があります。それは日頃の練習でそうした意識を持つ練習が無いからです。

例えばシートノックでもランナーは付けず、ただポジション順にノックするだけ。
選手は捕球したら、あらかじめ決められたバックセカン、バックサード、
そしてバックホームのどれかに返すだけ。

【捕って投げる】 この練習にはなるかもしれませんが、
そこには選手の感性や工夫を見る事は出来ない。
ただ儀礼的にノックを受けているだけ。

日頃がこんな感じなので、イザ試合になると状況に応じたプレーが出来ないでいる。
結果つまらないミスの失点が多く、故に勝利を掴む事が出来ない。

私は以前から練習メニューに対して疑問を感じていた。
監督不在の自主トレこそ、こうしたチャレンジを試みるいい機会。

選手に考えさせる訳ですから、こちらはまずヒントを与える事に徹する。
この状況ではまず何を防ぐのか? その為にはどう動くのか?

ヒントを与えた後、実際に私が打ちます。そしてプレイが一段落する。
そこで選手に今のプレーのどこが良かったのか?
どこが悪かったのか? それを発言させました。

正解を答える子。不正解を答える子。様々です。
そこでこちらの出番になります。

詳しい解説をしてやり、選手に納得させるのです。
質問があれば答えてやる。そして次のプレイ。

間違った指示、意味の無いプレイも随所に出ました。
しかしその都度選手に発言させ、どうしてそれがダメなのか?
これを時間をかけてジックリと行いました。

ランナー役もどんどん交代。ポジションも積極的に動かします。
慣れないポジション。初めてのポジションの子もいました。

でも知らないポジションを経験させる事により、
カバーの動きや知識を身に付けさせる事が出来た。

この練習をしていると、選手が自然に周囲と声を交わすようになった。
『俺が入るから、そっち頼むぞ!』
『○○に飛んだら、ボールはここに返せよ!』

こうして選手も事前に次のプレイを予測し、何がその場面で最善なのか?
ここが次第に判り、そして動けるようになってきました。

最後のほうにはこちらがヒントを出さずとも、選手間で皆が口々に言うようになる。
外野の中継もどこに繋げば最善か? 空いたポジションのカバーは?
これらがキチンと出来るようになりました。

これまでの儀礼的ノックがいかに無意味だったか?
無意味とはちょっと極端な言い方ですが、
この日の選手の動きを見れば、もっと早くにこうした練習をしていたかった。

一度覚えてしまえば、忘れる事がない限りこれは有効です。
だから知識と意識を持たせる上でも、ちょっと遅すぎた感もある。

強豪チームなら、こんな事は出来て当たり前の事かもしれません。
逆に言えば我がチーム、これまで当たり前のプレーが出来ていなかった事になる。

監督・コーチにはそれなりのやり方や理論がお有りでしょう。
それに安易に口出しするのもどうかとは思う。

仮に提案してみても、素人の言い分を素直に聞き入れる事は少ない。
ここがジレンマでもあるのですが、今回のノックには私も手応えを感じた。

そして何より嬉しかったのが、練習後の選手の言葉。
『ドラ夫コーチのメニュー、面白くて判りやすかったです^^』
と口々に言ってくれた事です。

これらの言葉でこちらの疲れも消し飛んでしまいました^^
後はこの日覚えた事を、来春まで忘れないでくれるといいのですが。

選手に『考える時間』を与える練習。
彼ら自身で答えを導き出し、それが上手く成功した時。
選手達にも少しづつ自信が芽生えると思います。

posted by ドラ夫 at 23:48| Comment(40) | TrackBack(0) | 技術指導の方針とは? | 更新情報をチェックする

Seesaaブログ メンテナンスのお知らせ

Seesaaでは、データセンター移転にともなうメンテナンス作業を実施いたします。

■ 作業期間
2006年12月19日(火) 午前02:00 - 2006年12月20日(水) 午前02:00


作業期間中の24時間は、ブログにアクセス出来ません。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
posted by ドラ夫 at 22:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2006年12月15日

すり足投法、復活なるか?

前回の続きです。

2003年9月

目前に迫った自チーム主催の大会を控え、
1エントリーか、それとも2エントリーか?

指導者不審で内紛勃発のAチーム。
不甲斐無い戦いぶりが続くBチーム。
それぞれが問題を抱えている時に、チーム再編の波が押し寄せようとしていた。

チーム役員は当然ながら6年生保護者がメイン。
途中退団の選手も出たりして、御家騒動が夏頃から始まっていた。

監督更迭論を唱える人と、監督擁護派の綱引きに、
5年生以下のBチームも巻き込まれようとしていた。

収まらないのはBチームの保護者。
Aの騒動の飛び火は真っ平御免! の意見が大半を占める。

6年生は残り少ないシーズンを、なんとか無難に切り抜けたい。
一方、来年の事も視野に入れたい5年生。
この時点で双方の目標はハッキリと異なる。

監督更迭派の目論見は、現Bチームの指導者を上に引き上げ、
怒号系の指導者が幅を利かせるAチーム指導陣を分離させるのが狙い。

その為には選手も引き上げねばならない。
つまり6年生単独で戦ってきたAチームに5年生を加え、
更にBの指導者も加える事で、チームを1から出直す魂胆。

そんな折、Bチームが大敗。更迭派にはこれが追い風となった。

だが5年生が抜けてしまうと、困るのが4年生以下の選手達。
新人戦はともかく、それ以外の大会や練習試合での出場が、
実質閉ざされるのを意味する。

子供はともかく、こんな事態を黙って見過ごす保護者は少ない。
当然ながらBチームの存続を願うのが当たり前。

唯一5年生保護者が言わば中立の立場か?
それでもシーズン途中でのメンバー再編は、ポジション等の問題もあり、
ましてホストの大会が迫る時期では、少々強引の感があった。

事態は一向に収束する気配が無く、膠着状態に。

だがそこで助け舟がでました。
チームの創設に尽力した長老OBの耳に、この問題が伝わった。

そこで仲介の労をとっていただき、「長老の裁定に従う」
という案を双方に打診。そしてそれを受け入れるという約束を取り付けた。

長老の裁定は、『2チームで行くべし』

この鶴の一声でようやく事態は収束。
ホスト大会は2エントリーで行く事に決定した。

こうなった以上、次は勝敗はともかく内容が求められる。
折角の2エントリー。前回のような試合内容では、
それこそ何を言われるか判らない。

試合の出来は投手にかかっている。
前回の3人のうちの誰かで行くのか?
それとも・・・

コーチの一人がつぶやいた。
『ゲンジのすり足投法もあるな・・・・』

続きは後日。

2006年12月14日

イチロー 262安打達成 記念バット


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イチロー 262安打達成 記念バットです。

1920年、ジョージ・シスラーが年間最多安打記録257本をマークしてから84年。
2004年シーズンに イチロー選手がその記録を更新。
新記録となる262安打を達成しました。

このバットはそれを記念し、世界限定5000本で作られた記念バットです。


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バットのヘッド部分に特殊印刷が施されています。
262という数字にイチロー選手のサイン。
サインは直筆ではなくプリントです (^^;


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バットを作ったメーカーはルイスビル・スラッガー社。
材質は北米産のホワイトアッシュ。長さは86cm。重さは1000gです。


丁度ゲンジが6年生の時でした。
春先から打撃は好調を持続。この年もチームの打撃部門を総ナメしました。

まぁそのご褒美といったところでしょうか^^
自室を与えた時期でもありましたし、部屋のインテリアにもなるだろう。
そう思って購入しました。

0001〜5000番までのシリアルbェ入った証明書も付属します。
このバットは何とゾロ目でした!
番号は一応内緒という事で^^ でも縁起のいいゾロ目番号です。

一応硬式用のバットですが、まぁこれで打つ人はいませんから、
もっぱら飾り用でしょうね。

長く破られなかった不滅の記録を、日本人が塗り替えたのは立派ですよね。
さすがイチロー選手です!

この記録もいつかは破られる日が来るかもしれませんが、
このバットは購入してよかったなぁ。と思ってます。

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ichirou1.jpg




2006年12月12日

駅伝選手に推薦されましたが・・

野球はシーズンオフに入りましたが、
冬になると盛んになるスポーツもありますね。

年末年始は高校サッカーや高校ラクビーが人気ですし、
元旦にはサッカー天皇杯の決勝もある。

もう一つ盛り上がるのが駅伝です。

正月の箱根駅伝を始め、実業団や高校生の大会もテレビ中継されるほど人気。
冬のスポーツとしてすっかり定着しているようです。

当地でも各種駅伝の大会が目白押しです。
学校対抗や自治体対抗など。

野球部に所属するゲンジですが、体育の教諭より駅伝参加の打診があったようです。

先日行われた学校のマラソン大会では4位。学年では2位に入りました。
また1500m走や3000m走は学年でトップ。
この点を買われての駅伝参加要請でしょう。

しかしゲンジはこの話を断るそうです・・・
折角の機会ですし、いい話だと思うのですが・・

単に面倒だからか? そんな理由なら私も強引に参加させますが、
今回はどうやら違う理由。

私の問い掛けに当初は返答を渋っていましたが、
ようやく重い口を開いてくれました。

『自分が駅伝に出ると、誰かがメンバーから外れてしまう。それが可哀想だから自分は辞退する。』

これが理由のようです。

学校には陸上部があります。駅伝大会にはこの陸上部員が参加する。
今回のゲンジへの要請は、言わば「助っ人」のようなもの。

陸上部は陸上部でそれなりの厳しい練習を積んでいるでしょう。
駅伝メンバーに入るのを目標に、練習に励んでいる子もいるはず。

そこに横からゲンジが入ってくれば、枠が一つ減るのと同じ。
それがゲンジには気にかかる部分だったのでしょう。

これを聞いて私も辞退に賛成しました。

他人に遠慮する事なく、堂々と参加してほしい気持ちもあるのですが、
彼には彼なりの気配りというか、想うところがあるのでしょう。

勝負師という視点から見れば、この決断は甘いかもしれません。
けれど息子の優しい性格も伺い見る事が出来、善悪の判断は微妙。

でも本人は・・ ひょっとしたら駅伝を走ってみたかったのでは?
とも思えてしまう。 だとすれば、この辞退は果たして良かったのか??

もう辞退は告げたようですので、今更どうにもなりません。
けれど後から後悔しないのか? 
私のアドバイスもそれで良かったのか? あれこれと考えてしまいます・・

私の本心は、駅伝のタスキをして力走する姿を見たかった。

今回のような場合、どうされますか?
ゲンジの判断、どう思われますか? ご意見を頂ければ幸いです。

posted by ドラ夫 at 23:53| Comment(42) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

指導方法のズレ・・

先週末は合同自主トレの2週目。
土曜は悪天候で残念ながら中止になりましたが、
日曜日はこの時期にしては気温も高めでコンディションも良。

この日は外部招聘コーチは都合によりお休み。
練習は父兄の有志数名で仕切る事になった。

そもそもこの合同自主トレの発案者は私。
最悪、自分一人でも選手達の面倒をみるつもりでいた。

だがこの自主トレに賛同してくれる父兄が思いの他多く、
嬉しい誤算となりました。

私なりにやりたい練習をピックアップし、参加選手の顔ぶれで
自分なりにメニューを組み立てていたのですが・・

だが熱心な父兄のお一人が、『私に仕切らせてほしい』
と思いがけぬお言葉が・・

正直、私は困惑しました。

私はシーズン中、全ての試合でスコアを書き、
中体連の試合を除く全ての試合でベンチに入った。

どの選手がどんな能力を持っているか? どこが今後の課題か?
私なりの所見は持っているつもり。

シーズン中の全体練習では目の届かない部分にスポットを当て、
監督不在というのを逆手に取り、日頃出きないメニューをさせたいのが
私のこの自主トレに対する目論見。

そこへ通常あまり顔を出さない父兄から、「仕切らせてほしい」
といきなり言われても・・

metooさんのブログで先日、『先頭と船頭』というエントリーがありました。
http://metoo.seesaa.net/article/27017364.html

この記事中にもあるように、数人の指導者がそれぞれ別の指導をするのは、
子供にも混乱を招く。

今回、まずはどのようなメニューをさせたいのか?
そこをまずそのお方から伺い、他の父兄の意見も参考にして決める事に。

相談の結果、その人の熱意を尊重する上でも、
今回は任せてみる事にした。
私は役員ではありますが、年齢はこの中では一番若い。

結果的には私が折れた立場になります。
後はその人の指導が我々、そして選手にどう映るか?

敢えてこの日は口出しをせず、思い通りに動いてもらう事に。

練習内容は高校の野球部で行われている内容との事。
ご自分の母校で取り入れられているアップメニューや、
基礎的な動き等を説明しながら、精力的に動き回っておられた。

まず出足は順調。だが・・

アップが終わり本格的な練習に入ると、どうも効率が悪い。
ようするに「遊んでしまう選手が目立つ」 のです。

練習効率の追求には、このブログでもtouchさんを始め、
多くのお方からご意見を頂戴し、私もそれを実践すべく動いてきた。

だがこの日はそうはいかない。
ノックでも場面を想定するまでは善いのだが、
全選手をそれぞれ配置。これでは自分の番が来るまでは手持ち無沙汰・・

それが終わると今度は外野のアメリカンノック。
これも全員で動く。ノッカーは一人。。。

最初に『口出しはしない』と決めたからには、
こちらも安易な物言いは控えようと思っていたのですが・・

でもやはり言えませんでした(^^;
シコリを残すのもねぇ・・ 割り切って言えば良かったかもしれませんが、
まぁ色々ありまして・・

ただ次回にもし申し出があれば、その時はキッパリと言います。
否定する訳ではなく、私の考えを伝えるだけですが。

この日こなした練習、内容自体は悪くありませんでした。
ただ効率を追求するなら、ちょっと無駄が多く目についた。

最後は実戦形式のケースバッティングの時間もとったのですが、
結局は時間切れで、半分の選手は打席に入れず終わる。

熱意があるのは大変有り難い。感謝の気持ちです。
しかし指導方法のズレ。こればかりはすぐには埋まりませんかねぇ?

次週は合同自主トレも最終週。
どのようにして有終の美を飾るか?
全てを丸く収めて、スムースに終わらせたいものです。

posted by ドラ夫 at 23:51| Comment(36) | TrackBack(0) | 技術指導の方針とは? | 更新情報をチェックする

2006年12月10日

AチームとBチームの対立

前回の続きです。

2003年9月

戦前は「楽勝か?」と皆が思っていた相手に大敗を喫し、
選手・指導者・役員・保護者、意気消沈で会場を後にした。

地域でも比較的大きな大会。その低学年部門での出場でしたが、
敢え無く初戦敗退。しかも内容が悪すぎた。

初回の攻撃は軽率なプレーの連続で追加点を奪えず、
守っては繰り出した投手陣が四球連発で総崩れ。

ちなみにこの時の相手、以降は順調に勝ち進み、
この低学年部門の優勝を遂げた。
楽勝どころか、それなりの実力が伴っていたという事になる。

6年生のみで出場していたAチームも初戦敗退。
我がチームはA・B揃って勝利を挙げる事なくこの大会を終えました。

この嫌な流れの中、2週間後には我々のチームがホストの大会が迫っていた。
地元主催という事で、最低限の結果が求められる。
「最低でも3位」 これが目標。

ちなみにこの年の前年は3位。その前は優勝を飾っていた。
当初はA・Bのアベック出場を念頭に置いていたチーム役員。
招待チームは6。自チームの2と合わせて合計8チーム。

当然招待チームは高学年チーム。
この時 5年生以下で活動していた我がBチームにしてみれば、
相手はどこと当っても格上。

しかし今回の無様な試合内容で、Bチームの出場に疑問を感じた父兄が現れた。
『今の実力では、Bを出すのは招待チームに失礼ではないか?』
『Bを辞退させ、代わりに招待枠を1つ増やしたほうがいいのでは?』

確かにほぼ高学年が占める大会に、5年生以下のチームでは苦しい面はある。
だが地元主催ならではの部分もあり、これまでも2チームエントリーをしてきた。

それともう一つ理由がある。
この時のAチーム、夏過ぎから内紛が勃発していた・・
あまりに怒鳴り過ぎる監督に嫌気が差し、2名が途中退団。

残ったメンバーの中にも、やる気が失せてしまっている選手が何人かいたらしい。
春先は優勝旗を1本奪ったチームでしたが、戦力的には下降気味。

そこでゲンジを始めとした複数の5年生をAに格上げし、
改めてチームを編成し直して、1チーム体制で地元主催の大会を迎える。
これがチーム役員の描いていた青写真だ。

Bチームは大敗を喫した直後だっただけに、こうした提案を言い易い状況。
しかしこの提案が大騒動の始まりとなる。

まずはBチームの監督・コーチが猛反対。
大敗の雪辱をこの地元大会で晴らす! とばかりに鼻息が荒い。
当然Bの保護者もBの辞退には賛成出来るはずがない。

『Aチームの内紛の煽りを受けるのは、こっちにとってはいい迷惑』
『5年生が欲しいなら、キチンと筋道を立てて言うべきだ!』
『土壇場まで来てからの辞退勧告。ふざけるな!!』

これらがBチーム関係者達の言い分。


『今のBでは試合にならない。』
『チーム運営はまずAチームが最優先というのが原則!』

こちらがAチーム関係者の主張。
どちらも一理あるような気がする・・

この時の私、無責任なようですが「どっちでもいいよ」というスタンスでした。
まだ一保護者の身分でしたし、年齢も若く発言力も無かった。

1チーム体制になっても、ゲンジはそちらに召集されるのは決定的でしたから、
「大会に出る」 という部分だけを見れば、どちらでも同じ。

ただ4年生以下の保護者にしてみれば、自分の子が大会参加出来るかどうかの瀬戸際。
幾ら大敗後とはいえ、6年生チームのお家騒動のとばっちりは御免!
という過激な発言も飛び交った。

チームの成績が下降気味になると、運営面でも空回りが出てくる。
真っ向から対立したAとB。
事態をどう収拾させるのか?

続きは後日。

2006年12月07日

これぞ究極の『Myバット』

久しぶりに新しいカテゴリを設けました。
題して「コレクション&思い出の品」です。

野球もオフシーズンに入ります。ブログネタ確保がこのカテゴリの狙いです^^
私やゲンジのコレクションや思い出の品を紹介していきます。

記念すべき第1回目はこれぞ究極の『Myバット』

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日本ではまだ馴染みが薄いですが、アメリカのD-BAT社の軟式用バット。
DB−159 PRO PLAYERです。

D-BAT社。初めて聞くお方も多いのではないでしょうか?
日本のプロ選手では まだ使用者は少ないですが、
メジャーリーガーや韓国プロ野球では、このD-BATのシェアは高い。

日本では海外の野球用品を輸入・販売されている、アイスポーツさん
このD-BATの商品を扱っています。

今回何故このバットを究極の『Myバット』として紹介したか?
その理由はこれです。↓

ba200612072019001.jpg


バットに【GENJI】という刻印がなされています^^

この文字は書き込みではなく、彫り込みです。
ですから消えてしまう事はありません。

アイスポーツさんでこの名前彫り込みのバットが限定で発売されると知り、
先日のマラソン大会4位のご褒美として、ゲンジにプレゼントしました。

実は私が注文した時には既に予定本数が完売・・・
やはり名前刻印サービスは人気があるようです。

諦めるしかないか? と途方にくれていたのですが、
メールでどうしても入手したい旨をお伝えすると、
アイスポーツさんのご厚意で、なんとか本国アメリカに追加発注を打診していただき、
幸運にも滑り込みで購入可能となりました^^

お手数をおかけしたアイスポーツさん、ありがとうございました!

野球もオフシーズンになり、メーカーも生産が落ち着く時期なので、
こうした刻印サービスを行ったとの事です。
現在は完売ですが、またこうしたチャンスがあるかもしれませんね。

ゲンジには内緒で発注し、今夜このバットが届いたばかりです。
本人もとても喜んでくれました^^

これはコレクションの一部になりますので、試合には使いません。
まぁ勿体ないので当然かもしれませんが(^^;

グローブに刺繍を入れたりするのはよくありますが、
バットに刻印というのは・・ そんなにありません。

試合には使いませんが、モチベーションのアップに少しは役立つかな?
道具好きのバカ親父の道楽だと笑ってください^^

2006年12月06日

「身長」って縮むんでしょうか?・・

今日は会社で健康診断がありました。

最初に身長と体重を計るのですが・・・

体重は70キロ。衣服を着てますから実際はもう少し軽いでしょう。
これはOKなんですが、問題は身長。

『180.1センチですね。』 と検査員の声が。

『えっ? 何かの間違いでは? 去年はもっとありましたよ!』 と私。

問診表には昨年の数値が記してあり、そこには181.2センチと書いてあった。

『じゃあもう一度計りましょう。』と検査員。
結果は最初と同じ・・

ガーン・・・・ 身長が1センチも縮んでしまった。_| ̄|○
こんな事ってあるんでしょうか??

私はかなりのショックを受けました。
毎年2〜3ミリの違いはありましたが、1センチの違いはこれまでで初めて。
年齢も40歳近くになると、身長も縮むのでしょうか?・・

まぁこの歳で身長云々なんて大袈裟ですが、でもやはり面白くありません^^


私の事はともかく、ゲンジも順調に背丈は伸びてきてます。
中学入学の時が154位でしたが、現在は169。
1年半で15センチも伸びました。

親戚や知人など、久しぶりに顔を見る人は口々にその成長に驚いています。
一緒に暮らしていると判らないですが、タマに見るとやはり違うんでしょうね。

ゲンジは早生まれなので、成長に関しては同学年では幾分ハンデがあるかもしれない。
同級生では175以上の子も何人かいるようです。

ゲンジも年齢別の平均よりは高い部類ですが、
欲を言えばもっと身長がほしいところ。

普段の食生活もとても重要ですね。
来年の中体連まで残り7ヶ月。その時に175位あるのが理想ですが、
果たしてどうなっているか? 楽しみです。

それにしても私の身長。縮んだ1センチはどこに行ったんでしょう?。。。

posted by ドラ夫 at 23:59| Comment(26) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2006年12月05日

『打つ』事に楽しみを与える練習

12月4日にエントリーした、「守備練習と打撃練習、どちらが優先?」には多くのご意見を頂戴しました。

大方の予想通り、多くの方が守備練習に重点を置かれているようです。
うちのクラブも同様で、大体の比率は守備7に打撃3の割合。

日によっては打撃練習が無い日もあったりします。
先日エントリーしましたが、我がチームのチーム打率は1割9分。。。
貧打といってもいいでしょう・・

親バカコメントになりますが、ゲンジの3割5分を除外すれば、
このチーム打率はもっと落ち込みます。

中学の野球ともなりますと変化球もありますし、ストレートも速い。
こうした中である程度の打率を残すには、相応の練習も不可欠だと思います。

うちの選手達ですが、どうも自信が無さげに打席に入っているように見える。
始まる前から「打てないのでは?」 と思い込んでいるような感じ。

絶好球を簡単に見逃したり、クソボールに手を出したり。
相手ピッチャーに飲み込まれているような感じ。

週末の練習でもバッティング練習はあります。
投手が投げる場所が2ヶ所。マシンが1ヶ所の合計3ヶ所。
それぞれ5球づつ打って終わりです。

つまり15球しか打てない勘定になる。
選手全員に打たせますから、時間が無いのは判りますが、
それにしてもこれだけでは・・ いかにも少ないですよねぇ。

しかも打撃が苦手の選手の場合、この15球のうちで芯を捕える当りを放つのは半分もありません。
残りは空振りかポップフライ。詰まった凡ゴロというところ。

この状況で試合でヒットを願うのは、ちょっと酷かもしれない。
勿論、打撃が得意な選手はこれだけでもキチンと結果を出してはいますが。

うちの場合、週に2〜3回はバッティングセンターに通っています。
ここで様々な球速を打ち込んでいますから、その点は有利かもしれない。
我が家に限らず、定期的にバッティングセンターに通う選手もいます。

でも家庭の事情でバッティングセンターに通えない選手も多い。
そうなると素振りはともかく、実打練習が限られてしまうのは、
その選手にはちょっと厳しい状況でしょう。

そこで今月から始まった合同自主トレでは、思う存分に打てるメニューを用意した。
ネットに向かって打つティー打撃を行い、その後はグランドを一杯使う
ロングティーをさせました。

4ヶ所で大人がピッチャー役。大体15メートル位の距離から緩いボールを投げてやる。
外部招聘コーチのお方に4ヶ所をそれぞれ巡回していただき、
フォームやスイング等のアドバイスをお願いした。

私も投手役をこなしました。一人につき買い物カゴ一つ分!
これは打つほうも打ち応えがあったでしょうね^^

選手達も笑顔で気持ちよく快音を飛ばしていました!
緩いボールが来るのは判っていますから、
テーマは『ボールをいかに懐に呼び込むか?』

ボールが来るのを待ちきれず、泳いだ姿勢のスイングが目立ちましたので、
タメを作り、へその前でボールを叩く感覚を身に付けさせていたようです。

よくしたもので、懐に呼び込むと腰も自然にキレて、スイング自体が綺麗に見えます。
選手も何かヒントを掴んだ感じか?

後はボールを強く叩く事を意識させました。
波がうつようなスイングではなく、インパクトを意識させる事により、
これも自然に力強いスイングが出来ていたように思う。

上記の2つを頭に入れさせると、無意識のうちにボールを最後まで見れるようにもなった。
緩いボールだからこそ出来る事で、実戦形式の打撃練習ですと、
頭で理解していても動作が伴わない場合もあったりする。

今回のロングティー、参加選手にも大好評でした^^
日頃は出来ない打撃練習を存分に行う事が出来、
また選手にも楽しんでもらえて良かったと思っている。

この練習で形を覚え、次のステップに進みたい。
すぐには結果を求めませんが、選手の意識とやる気は引き出せたかな?

今回判った事は、子供はやはり打つ練習が好きですね。
ガンガンと打ちまくる打線が出来るのが理想ですが、
まぁそれはちょっと厳しいかもしれない。

でも『打つ楽しさ』を知った選手は、
これまでとは一味違うプレーを見せてくれるのでは?
と 密かに期待してしまいますね^^

posted by ドラ夫 at 23:41| Comment(34) | TrackBack(0) | 技術指導の方針とは? | 更新情報をチェックする

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