2006年04月20日

無念の降板

前回の続きです。

2003年6月

投球フォームを元に戻したゲンジ。
だがストライクが入らずカウントはノースリー。
結局このバッターは四球で歩かせてしまう。

急遽リリーフの上に突然の脇腹痛。そしてフォームを元に。
色んな事が一度に起こり、観ている私も戸惑いを隠せない。

締まっていた試合展開も、この回から突き放され気味となり、
同門対決が故に観戦の父兄からも様々の声が聞こえてくる。

『ピッチャーがいないのなら、もう終わりにしたら?』
『試合は試合、手抜きや情けは禁物』 などなど・・・

この時の私は、試合の勝ち負けよりゲンジのコンディションが気懸かり。

無死1塁で次のバッター。だが勢いの無いボールは痛打を喰らう。
ヒット2本でまたまた満塁。
そして今度は3球続けてボール・・

そして4球目もボールで押し出し。4対9。尚も満塁。
もうここが限界だろう。前試合の完投で力は使い果たしていたのかもしれない。

この時まだ5年生。体力面もまだ不十分。
なにより精神面でも未発達か。相手が同門のAチームというのも
「負けても仕方がない」 という甘えの気持ちがチームを支配していたか?

監督も続投を断念。結局ゲンジは1死も取れずに降板。
同時にベンチへ退く事となる。

4番手は誰に? Bチームの父兄の関心はこの点に。
だが監督の起用は驚きの用兵でした。

正捕手のE君をマウンドへ上げ、受けるキャッチャーは4年生の控えの子。
このE君、ゲンジが少年野球で最初に意識したライバルだった子。
http://syounenyakyu20.seesaa.net/article/2335683.html

そしてKコーチの息子でもある。
Kコーチもこの試合の幕引きに自分の息子を推したよう。
いわば敗戦処理の登板です。

E君は本来は内野だったのですが、この年のBチームでは主将。
この試合、投手候補が総崩れの非常事態。
まさしく緊急登板の様相でしたが、蓋を開けてみると?

この後のE君のピッチング内容は、この年の秋口までの
チーム方針(起用・ポジション等)を決定するきっかけとなりました。

続きは後日。



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