2005年11月14日

長老コーチ引退

昨日の卒団式で、現3年生をチームから送り出した事になりますが、
もう一人チームを去る人がいました。

60歳のGコーチです。

Gコーチは現クラブチーム設立時に尽力された、多くの方々のお一人。
言わばクラブ創設者の中心人物だった方です。

当初はご自身の息子さんが選手でした。
その時は指導陣の一人してチームを引っ張り、
息子さんが卒団後もチームに残って後進の指導にあたっていた。

数年前からは『非常勤コーチ待遇』 として時折練習にも顔を出されていた。
クラブ創立から13年になるそうですが、設立メンバーで今年まで、
何らかの関わりを持ち続けていたのはGコーチのみ。

これまでのチーム成績や、多くの卒団生を語れる唯一の人物。
チームの歴史の生き証人と言ってもいいかもしれない。
大袈裟に言えばGコーチの存在そのものが、チームの伝説と言えなくもない。

若い頃は熱血感だったと聞くが、近年は『仏のGさん』との異名があるほど。
ドラ夫が印象に残ったのは、Gコーチは選手を呼び捨てでは呼ばず、
必ず「君付け」で呼ぶ事でした。これは昔からそうだったようです。

監督や他のコーチは選手の下の名前で呼びます。

時々来られての指導も、常に冷静な視点での指導。
決して怒鳴る事なく、理論的に選手に噛み砕いて説明するタイプです。

また選手のみならず、ドラ夫を始めとした若い父親コーチにも、
指導の手解きをしてくれます。練習メニューの事や、
選手個々の能力に応じた指導方法など、全ての面において配慮が行き届いていました。

私とは親子と言ってもいい位の年齢差。ゲンジは孫のような存在です。

ここまで貢献されてきたGコーチも、60歳という節目を迎えたのを期に、
コーチ職から退く決心をされたようです。
チームにとっては大きな痛手。皆々、心の支えを失ったが如くの寂しさを隠しきれません。

ドラ夫親子も良い思い出が多くありました。
今年の春、1年生のゲンジがベンチ入りメンバーに選ばれたのも、
Gコーチの後押しが大きかったです。

『彼は2年後の中心人物たる器。ここで勉強させなければならない。』
と、今から思えばとても有り難いお言葉を頂戴しました。

またドラ夫自身も、スイッチノッカーを褒めて頂き、
とても嬉しかったのを覚えています。

Gコーチは現役時代、甲子園準優勝の実績がある高校でレギュラーでした。
残念ながらGコーチが在籍中は、甲子園には縁が無かったのですが、
以降野球への情熱は衰えず、企業チームを引退後は中学生の指導にあたられておりました。

還暦を迎えながらも激しいノックを打っていたGコーチ。
もうそのノックが見られないと思うと、本当に淋しいです。

現・指導陣もとても残念がっていましたが、これから新たなスタートと位置づけ、
Gコーチの教えを、これからも引き継いでいこうと気持ちを引き締めていました。

現場に出る事は無くなっても、都合がつく限りは試合観戦に足を運んでくれるそうです。
これは嬉しい事ですね。 叶う事なら、ゲンジが卒団するまで在籍してほしかったです。

来シーズンからはGコーチはいませんが、良い伝統を受け継ぎながら、
新しい歴史を書き加えれるよう、選手諸君にも頑張ってもらいたいものです。


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