2005年11月03日

5年生へ進級

2003年4月

少年野球に入団してから、丸2年が過ぎた2003年4月に
息子ゲンジは5年生に進級した。

外はもう雪は消え、少しづつ陽気が暖かくなっていた。
長い冬の期間は、なかなか外での練習は叶わなかったが、
3月下旬頃よりようやくグランドが使用出来る。

この年のチーム構成はAチーム・Bチームの2チーム体制。
Aチームはオール6年生で17人。新加入メンバー無し。

Bチームはこの年からの新加入が数名おり、
5年生12人 4年生8人 3年生は0名で2年生が1人の計21名の布陣。

指導者は両チーム共に、監督1名 コーチ2名で合計6名の陣容。
この年のドラ夫はチーム運営の役職は無く、遊軍として後方支援の形。
塁審や練習時の手伝い等で、チームを裏から支える役目。

この年は、2エントリーの可能な大会は極力2チームで参戦する方向。
A・Bの指導者が、それぞれのチームにかなり期待をしていた。

実はこの学童野球クラブ、ゲンジが入団した前のシーズンは、
出場した14個の大会で、決勝進出が12度。という凄い実績を残していた。

ところがその翌年は優勝回数は激減となり、
更に翌年の2002年シーズンは、ついに決勝進出ゼロにまで落ち込んだ。

たったの2シーズンで頂点からドン底へ・・・
学年による選手数の格差があったのも要因の一つだった。
確かに前年の6年生は7人だったし、この年の3年生に至ってはゼロだ。

だがこの年は違った。6年生だけで17人。
いわゆる『ゴールデン・エイジ』の世代で、能力の差もあまり無く、
Aチームの監督も、チームの復権に手応えを感じていた。

Bチームも人数的には申し分なく、この年の経験を来年につなげたい所。
それ故の2チームエントリーの推進だった。

それぞれのチームが、それぞれの目標に向けて始まった2003年シーズン。
ゲンジもピッチャーとしてどこまでやれるか?

この年最初の大会を控えた頃、監督が主将と副主将を発表した。

続きは後日。


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