2005年10月31日

卒団式の日程

今日で10月も終わりですね。

当地のクラブチームの活動も、後一ヶ月になりました。

12月と1月は活動休止期間。年明けの2月から始動になります。

活動休止の前に、クラブとして重要なイベントがあります。

それは『卒団式』です。

3年生の活動をねぎらいながら、親睦を深めるのが目的。

学童チームの時もこうしたイベントは有ったので、

取り立てて珍しい事ではないですが、その日程に疑問があるんです。

昨日知らされた日程によると、卒団式の翌週に「1年生大会」が控えている。

卒団式は日曜日に行われる予定なので、その日は練習が出来ない。

こうした日程はいかがなものか? と思わずにはいられない。

卒団式は3年生を気持ちよく送り出す会だが、

それと同時にチーム関係者全員の、「1年間ご苦労様」という

慰労会的な部分も兼ねている。それなら全ての大会を終えてから、

そうした慰労会をしたほうが、本当の意味でくつろげると思うのだが・・

翌週に大会が迫っているのに、練習を流してまで卒団式というのはどんなものか?

大会の日程をずらす事は出来ないので、動かすとしたら卒団式のほうなのだが・・

一体どんな意図でこのような日程になったのか? 理解に苦しむが、

保護者会長の意見を拝聴したいものです。

監督もこの日程には不満顔。それはそうだろう。大会は勝ちたいと思うのが普通だから。

現・保護者会と、旧・保護者会の考えに相違があったのかもしれない。

もしそうだとしたら、少しは大会優先の日程に配慮をしてほしかった。

叶う事なら、大会後の卒団式を望みたいものです。

2005年10月30日

自打球

土曜は練習試合がキャンセルになり、今週末は2日共練習となった。

当地の野球活動も残る所 後一ヶ月となる。

3週間後には1年生大会も控えているので、

その大会に向けて、残り少ない練習日は大切で貴重な時間。

捕手として出場予定のゲンジだが、今日は幾つか災難に見舞われた。

まずは打撃練習中に、背中にデッドボールをモロにくらった。

2年生エースの速球を避けきれなかった。

外野後方で球拾いをしていたドラ夫も、投げた瞬間に『ヤバイ!』

と思ってしまう程の悪球。幸い頭部ではなく背中に当たったのだが、

ゲンジはしばらく悶絶の表情。。。

しばらく痛がっていたが、気を取り直して再度打席へ。

次の投球はお返しとばかりに、ピッチャー強襲の当りを放つ。

そして次の球。おそらくスライダーだと思うが、

打ち損ねて打球が左足の甲を直撃!

相当痛かったのか、その場で倒れて起き上がる事が出来ない有り様。

ベンチに退き少し休ませるが、幸い大事には至らずに済んだ。

正に踏んだり蹴ったりの1日となる。

それにしてもこの「自打球」 軟球でも相当痛いのに、硬球だとどうなるか・・

考えただけでもゾッとしてしまう。

今夜は所用で外出していたが、早速ネットで足を保護する用具を検索してみた。

プロ野球の選手は、ほぼ100%着用しているが、

さすがに中学軟式では着用している子は見かけない。

まぁ試合の時は着用しなくてもいいかもしれないが、練習の時ぐらいはいいかも?

と思っている。親バカかもしれないが、怪我をされるよりはマシ。

と思っているので、ひょっとしたら購入するかもしれない。

どんなスポーツでもそうかもしれませんが、生傷は絶えないものですね(^^;

2005年10月28日

連絡網

明日は練習試合の予定でした。

ところが中止との知らせがあった。

どんな理由かは不明ですが。

で、その連絡網が回ってきたのが夜の10時過ぎ。。。

中止決定が遅くなった訳ではなく、何らかの不手際が起こり、

それが原因で連絡が遅くなったようだ。

この連絡網の在り方に、いつも疑問というか不満がある。

電話連絡が確実なのは判るが、このハイテクの世の中、

もう少し工夫した『連絡網』を望みたいのだが・・・

うちは田舎のためか、パソコンを所有していない家庭が意外に多い。

それに加えて携帯電話も・・ Iモードやメールを扱える人も少ないんですよね・・

結局やっぱ電話頼りか。これも仕方ないのかな。。。

2005年10月27日

エースを狙え!

「我が子レギュラー化計画・3年〜4年の頃」 最終回



前回の続きです。

2003年3月

前月の体育館でのチーム始動から一ヶ月。
まだまだ外には雪が残る2003年3月、ゲンジは投手練習に明け暮れていた。

監督の構想での二人の投手。その一翼を担うゲンジも、急ピッチで仕上げに入る。
もう一人の投手候補は年下のC君。どちらが主戦を務めるか?
この辺りの競争も熾烈。

この時点での評価はC君のほうが上。
ストレートの速さ、牽制の技術、どちらもC君のほうが勝っている。
ゲンジがリードしていたのはコントロール。

言わばどちらも一長一短がある訳で、以降の指導と本人の努力でどうなるか?

前年秋の紅白戦で、メッタ打ちをくらってから4ヶ月。
一冬越してどれだけ進歩したか?

冬の間は自宅での練習にも力を入れてきた。
当初は焦っていたのは親のほう。しかし気持ちを切り替えて、
地道にトレーニングに取り組んだ。現状ではライバルのほうが一枚上。
それを焦った所で仕方がないと開き直った。

この月の下旬、ようやく雪解けも進んで外での練習が可能になる。
そこで簡単なミニゲームを行った。
ゲンジとC君が別々になり、それぞれ投手をこなす。

結果は二人共無難な滑り出し。大崩れする事なく良い出来でした。
これを見たこちらも少しは自信がついた。
ゲンジも満更ではない様子。

さあ! 後は本番だ! 実戦を経験しながら成長してほしい!

大いなる希望を胸に、ゲンジの野球生活は小学5年へと進んでいきます。





62回に渡ってお送りしてきた、「我が子レギュラー化計画・3年〜4年の頃 」のカテゴリー。
今回が最終回です。

改めて最初から読み直してみると、本当に色々な出来事がありました。
キャッチボールの経験すら無い状態で入団。三振街道の驀進。
連続打席無安打。息子の自意識の欠如。

この頃が一番大変というか、悲壮感があった頃でした。
放っておけばどれだけ楽だったか?^^
でも当時は必死でした。これは私の性格なのか、自分の子供が覇気もなく、
何の努力もせずに他の子に負けるのは、とても容認出来ませんでした。

ゲンジにとってはいい迷惑だったかもしれません。
しかし尻を叩いて始めた自宅練習のおかげで、段々と結果が伴うようになり、
4年生の夏にはようやく、日の目を見る事が出来ました。

「目標を持って、それに取り組む」 この事を息子に解ってもらえただけでも、
少年野球に入れて良かったと思ってます。

我が家の場合は私の強制というか、私の主導で練習を始めました。
こうしたやり方には賛否があると思います。
子供自らが率先して練習をするのが一番でしょうが、そうでない場合は
親がレールを敷いてやるのも有りかな? と思っています。

何もせずに、選手起用の事ばかり口を挟む親御さんがおられますが、
そうした行動をとる前に、ご自分の子供さんのレベルアップを目指す事を、
私は強くお奨めします。毎日少しの時間で構いません。
息子さんと一緒に野球をする時間を作ってあげてください。

例えそれでレギュラーが獲れなくても、我が子と共有した時間は、
何物にも代え難い、貴重な財産ではないでしょうか?

このブログが少しでも、そうした親子練習のきっかけになれば幸いです。

さて次回からは新カテゴリー、「我が子レギュラー化計画・5年生、投手挑戦編」
と題して新たなスタートを切ります。

結果から言いますと、投手挑戦は失敗に終わるのですが、
そこに至る過程には、様々な出来事がありました。

では新カテゴリーの展開に期待してください!

2005年10月26日

走塁の判断

2005年のプロ野球 日本シリーズ。
千葉ロッテ・マリーンズが優勝。31年ぶりの日本一に輝きました^^

それにしても、4勝0敗という結果を誰が予想したでしょうか?
あの阪神を相手にこれだけの試合運びをするとは、ロッテも強いですね。

プレーオフを勝ち上がってきた勢いが、そのまま日本シリーズにも引き継がれた感じです。
長いリーグ戦とは違い短期決戦の戦い方は、ある意味で難しいのですね。


さて、第1戦から3戦までは一方的な試合展開でしたが、
今日の第4戦のスコアは3対2。
試合がどう転ぶか? 最後まで予断を許さない展開でした。

1点を追う最終回の阪神の攻撃。
先頭の片岡選手が四球を選び、ノーアウトで同点のランナーが出ました。

代走に久慈選手が起用され、バッターは矢野選手。
矢野選手はここまでシリーズの打率が4割を超えて好調。

しかしこの場面は、やはり送りバントですよね。私も当然だと思います。
なにしろ、ここで負けると全てが終わる訳ですから。
プロの場合は内野ゴロはゲッツーになりますし、
どうしてもこの試合を落とせない阪神は、堅実に送りバントの作戦です。

ところが矢野選手が初球をファールで失敗。
続く2球目も小フライ・・・
判断に迷う打球でしたが、久慈選手が戻りきれずにダブルプレー。
押せ押せムードが一転、2死ランナー無しになりました。

この時、息子ゲンジがつぶやきました。
『プロでも2つ続けてバントを失敗する事もあるんだね・・・』

バントについてあれこれ意見を交わした後、久慈選手の判断について話が行った。
『あの場合はランナーも悪いのかな? 送りバントの時は打球を確認してからスタートをするよう、監督には言われているんだけど。』

ゲンジはどちらかというと走塁が苦手。
だからあの場面を自分に置き換えていたのかもしれない。

『本番であのようにならない為には、やっぱり練習?』
とゲンジは言うので、こちらも一瞬返答に困った。

練習も必要だし大事だと思うが、走塁の一瞬の判断は、
練習を重ねると言うよりは、各自の感性が占める部分が大きいと思う。
いわゆるセンスの問題だろうか?

これを磨くにはどうしたら良いのだろう?
少し考えてみましたが、どうも答えが浮かびません。
実はこの走塁の弱点は、以前にもこのカテゴリーで書いた事があります。
色んなご意見を頂いたのですが、進歩が無いんですよね。。。

ゲンジは無骨者というか、黙々と練習をするタイプです。
練習・試合共に寡黙で、無駄口は一切言いません。
これまでクラブの監督やコーチはもとより、
私に対しても文句を言う事はほとんどありません。

その反面、オリジナル精神に欠けるというか、
自分から率先して新しい物に取り組もうとか、
研究したり調べたり、試したりする部分が弱いです。

人から言われた事は素直に聞くだけに、もう少し欲が出てくれるといいのですが。

走塁に関しても同様で、どこか落ち着かないというか、
石橋を叩いて渡る性格なのか、危険を冒して次の塁を奪う!
という行動はまるでありません(^^;

これは練習云々の問題ではないと思うんですがね・・・
どうしたら「センスの良い走塁」が出来るのでしょうか?
良いアドバイスがありましたら、ご教示願いたいです。

話は戻りますが、やはりプロ野球の最高峰の試合は、
観戦していても勉強になりますね。

とくに今日のような接戦は、心理面の考察にも役立ちます。
9回裏に登板した小林投手も、いきなり先頭打者を歩かせてしまいます。

『この場面、お前ならどうリードする?』 なんて息子と話をしたり、
前述のバント失敗や走塁の事など、議論するテーマが幾つもありました。

息子にも野球に関する事は何事も、貪欲に吸収してもらいたいものです。
posted by ドラ夫 at 23:13| Comment(27) | TrackBack(1) | 技術指導の方針とは? | 更新情報をチェックする

2005年10月25日

もしかして成長痛?

最近ゲンジが膝を気にするようになってきた。
今夜もキャッチャーのスローイング練習をしている時に、
なんだかいつもと様子がおかしい。

両膝を曲げ伸ばしすると、軽い痛みがあるようです。
常に痛みがある訳ではなく、忘れた頃に時々痛むとの事。

これはひょっとして『成長痛』なのでしょうか?

実はこのブログを開設するまで、恥ずかしながら成長痛というものを、
あまりよく知りませんでした。
周囲にそうした症状を、訴える子がいなかったせいもあるかもしれません。

私自身も、中学時代にはそうした痛みは経験していません。

『成長痛』 またの名を『オスグッド』
成長痛は正式な病名ではなく、定義が曖昧な部分もあるとの事。
幼児期と思春期に、足が痛いと言えば「成長痛ですね」と片付けられる事もあるとか。

痛みの原因も諸説あるようで、本当の所はまだ解明されていないよう。
ただ症状がヒドイ子になると、痛みのあまりスポーツが出来ない事もあるようです。
うちはまだ症状が軽いのかもしれません。

妻の友人の子供で、やはり膝の痛みで病院に診察に行ったらしいのですが、
医師から 「成長痛ですね。放っておけば自然に治ります。」と診断されたとか・・
湿布を貰って、それで終わりだそうです。。。

そんなに大した事のないものなのか? 少し疑問を感じますね。

息子の友人の中にも、他の部活の子ですが膝が痛む子が何人かいるようです。
私もこの成長痛というものを、もう少し勉強してみたいと思ってます。

それより息子の状態が気懸かりです。軽い痛みのようですが、
無理をさせないほうがいいですかね? 土曜はまた練習試合の予定があり、
キャッチャーとしての起用も予想されるのですが。

心配のしすぎかもしれませんが、後々に響くのも困りますし。
そうかと言って、何も準備をせずに試合に臨むのも・・・

部活は活動時間が短くなったので、問題なくこなしているようですが。
今夜は湿布を貼って寝かせようと思います。
2・3日様子を見ないと何とも言えませんかね〜?

昨日のテスト結果といい、心配事が尽きないなぁ(>_<)
 
posted by ドラ夫 at 22:41| Comment(33) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年10月24日

悲惨な結果の中間テスト

先週は中学の中間テストがありました。

テスト前は部活動はお休みです。その分、下校時間は早くなるのですが
早く帰宅出来る分は勉強時間に充てるのが普通です。

しかし我が家はこのテスト前も、野球の自宅練習は継続してました。
土曜に試合が予定されていたので、何もしないと身体が鈍りますから、
時間を短縮してでも、少しでも身体を動かしていました。

息子には学校から帰宅後に勉強をやり、私が仕事から帰ってきたら、
40分だけ練習。その後に夕飯を摂り、また勉強。という予定をたてました。

私的には無理の無い予定だと思っていたのです。
勉強の息抜きに身体を動かすのもいいかな? なんて思っていたのですが・・・

しかしテストの結果を見て愕然としました。
1学期の期末試験より、かなり点数が落ちていたのです。

まだ平均点は判明していませんが、総得点の落ち幅が大きすぎる。
この結果では、日頃から成績にうるさい妻が黙っているはずもない。

案の定、塾や家庭教師をつけるのも考える! と騒ぎだしている(汗)
それは仕方がないな。と思っていたんですが、妻の怒りの矛先が、
自宅練習に及んできたのでは、こちらも黙っている訳にはいかない。

妻曰く、「放課後に部活をやってくる日は、自宅の練習は必要ない」
「その分の時間を勉強に充てるべきだ」 
というのが主な主張ですね。。。

息子もさすがにショックのようで、事の重大さに遅まきながら気付いたようだ。
このままでは自宅練習も気兼ねがいるようになる。

妻の言い分ももっともだとは思うが、ゲンジのここまでの野球において、
自宅練習はある種の生命線でもある。これを取り上げられては、
一番困るのはゲンジ自身だからだ。

以前に比べて最近はやっと、自分の意志で練習に取り組むようになってきた。
その矢先の学業の不振。思うようにはならないものですね・・・

今夜は勉強のやり方や取り組みについて、娘を交えて話し合いをしました。
娘は成績が良いので、勉強のやり方についてアドバイスをしてもらう。

妻もなんとか妥協点を見出し、「期末テストの結果で判断する」との事。

今までは勉強に対して甘い気持ちがあったゲンジですが、
今回の事を契機に、自分なりの取り組みを見せてもらいたい。
1学期の成績から落ちたのは、やはりどこかに油断があったのだと思う。

勝負は期末テスト! 姉も協力してくれそうなので、巻き返しに期待したい。

しかしこの事とは別に、やはり塾くらいは通わせたほうがいいのですかね?
どこも皆 通っているのかなぁ?。。。

田舎の学校でもこんな感じですから、都会の小学生が中学受験で、
6年生になった途端に野球を止めてしまうのも、判る気がしてきました(^^;
posted by ドラ夫 at 23:52| Comment(43) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年10月22日

目論見違いの試合展開

今日はクラブの練習試合がありました。
少し離れた学校へ遠征です。同じ相手と2試合の予定でした。

練習試合の目的は色々とあると思います。

大事な大会前の練習試合は、本番を想定したものになりますが、
そうでない場合はテストというか、色んな選手を試してみたり、
違うポジションをやらせてみて、その適性を見たりするものです。

こちらはもう重要な大会は無いのですが、今日の2試合は、
最初の試合はほぼベストメンバーで挑み、2試合目はテスト目的。
という方針で臨む事になりました。

ところが・・・

相手の最初のスタメンは、控え組が中心だったんです。
オーダー表の背番号を見れば判るのですが、ほとんどが二桁の背番号でした。
これを見て、「勝つのは当たり前だな。後はいかに納得のいく形で勝つか?」
と思ってしまったんです。勿論、口には出しませんでしたが。

しかし試合が始まると、その目論見は崩れます。
こちらのエースの調子が悪く、キャッチャーとのコンビネーションもうまくいきません。
ランナーを背負ってはヒットを打たれ、序盤で大量リードを奪われてしまいます。

相手も控え組ながら鋭いスイングで好打を連発。
一方こちらの打線もランナーは出るのですが、好機に一本が出ません。
エースも途中から立ち直るも、時すでに遅し。

大差での敗戦になりました。ゲンジはライトでフル出場。ヒットを一本打ちました。
それにしても、ベスト組で挑んだ試合を、相手の控え組に完敗とは・・
私もクラブ指導陣も、ショックが大きかったです。

気持ちを切り替えて2試合目。
こちらは主力を何人か外し、バッテリーも1年生組です。
ゲンジがスタメンマスクを被りました。

一方相手は主力組の登場。一桁背番号がズラリ。
やる前から勝負あり! といった感じですが、元々こちらはテストのつもりですから、
ベンチも選手も気負いはありません。

そして試合が始まるのですが、我がチームは初回にヒットを重ね、
なんと相手のエースから2点を先制。
守っても1年生バッテリーが要所を締め、5回まで得点を与えない。

終盤、四球絡みで同点にさせるが逆転は許さず。
最終回、1死からゲンジがヒットで出塁するも、後続が続かず。
試合は結局引き分け。思わぬ誤算でした。

しかし選手の心理というのは不思議なもの。
勝って当たり前の試合を落とし、負けて当たり前の試合を善戦。

こちらの目論見違いの試合展開でしたが、それなりに得る物がありました。
今日の試合で判った事は、主力と控えの差が縮まってきている事。

1年生バッテリーもよく頑張った。2年生にも大きな刺激になった事だろう。
やはり練習試合は、メンバーを変えて戦ったほうが良い影響を与えると思う。

次の試合は、主力組の奮起を期待したい。

2005年10月21日

坊主頭

野球に限らず、チームに所属するとチームの規則がありますね。

規則ですから、選手はそれを守らなければならないのですが、
中には守りたくない規則もあるのでは?

とくに髪型には色々と考えがあるようです。
今日はその髪型について。

学生がスポーツをする場合、競技にもよりますが、
頭髪は短い傾向があるようです。
高校野球はほとんどの学校が丸刈りか、スポーツ刈りですね。

今夜、妻の妹が所用で我が家にやってきました。
中学2年になる義理の甥も一緒です。甥はサッカー部に入っていますが、
顔を見てビックリ! 頭がテカテカの坊主刈りになっていたのです^^

「どうしたの?!」と聞くと、「部の規則が変わって、今度から坊主になりました」
との返答。 義妹がすかさずボヤく。
「義兄さん 聞いてよ! なんでこんな事を強制するの! おかしいよね?!」

「別にいいんじゃない? そのほうがカッコいいよ^^」 とドラ夫。
だが甥は最後まで坊主頭には抵抗があったようだ。

思春期の子だから、外観を気にするのは当然かもしれない。
だがこれまでにも、選手によっては自発的に坊主頭にしていた子がいたとの事。
ようするに価値観の違いでしょうか?

坊主頭がカッコいい。という考えと、坊主頭は絶対に嫌だ。と2つの考えがあるんですね。
甥はこの新しい規則に反感があり、一時は部を辞める事も考えたとか。

ここで疑問なのは、何故その規則が生まれたのか? その背景には何があったのか?
そこが知りたかったのですが、甥は詳しくを語ってくれません。
義妹が言うには、一部の選手達の間から、「坊主にしよう」という話が出た模様。

それを顧問に話した所、「皆で決めた事ならそれでいい。」という返事。
タマタマ甥は坊主反対派だったようで、数の論理に押し切られた形。

「それなら問題ないじゃん。お前も早く気持ちを切り替えろ」と言っておきました。
甥は煮え切らない表情で「はい・・・」 と答えていましたが^^

でも実際の所、こうした問題はどうなんでしょうかね?
『スポーツに髪型は関係無い』 という意見もあるかもしれません。

ちなみにうちの野球部とクラブチームは、髪型に関する規則はありません。
息子もスポーツ刈りです。選手の中には自分の意志で坊主にしている子も何人かいます。
ゲンジは『出来れば坊主は嫌だ。』 という考えのようです。

小学生の野球チームでは、坊主が強制という所は少ないでしょうが、
中学になると、そういう所のほうが多いかもしれませんね。

こうした規則、どう思われますか?
posted by ドラ夫 at 23:33| Comment(21) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年10月20日

2003年のスタート

前回の続きです。

2003年2月

色々あった2002年も終り、新たな年を迎えた。
チームは2ヶ月のオフシーズンも終え、新チームのスタート切った。

2月の第一土曜日。外は一面の銀世界。
体育館での始動となった。

以前にも書きましたが、この年は6年生単独のAチームと、
5年生以下のBチームの2チーム体制。

4月に5年生に上がるゲンジはBチームの主力となる。
前年からの継続メンバーに加え、新たな加入者も数人おり、
全部で20人ほどがBチームのメンバー。

監督の他、スタッフも前年から継続。

練習開始前、監督より今年の抱負を選手は聞かされる。
次に選手一人一人に、今年の目標を言わせた。

ゲンジの目標は、『1試合に、最低1回は塁に出る』
咄嗟に出た言葉だと思うが、堅実な目標かもしれない。
もう少し、大風呂敷を広げててもよかったとは思うが^^

選手達が準備運動をしている間、指導者と一部父兄とで、
今後の方針について意見を交わした。

監督は去年の実績に加えて今後の適性を見た上で、各ポジションを固めたい意向。
主要ポジションの構想は出来ており、ゲンジはピッチャーとショート。

大会参加は積極的に行うとの事。
Bチームだが、可能な限り2チームエントリーをしてゆく。
勝敗に拘らず、今年は「積極的にチャレンジ」 が目標。

ある意味では今年は力を試す年にして、本命は翌年。
すなわちゲンジ達が6年生になった時を見越している。
だから負けて元々で、BチームながらAチームと同じ大会にも出る事に。

もっとも大会によりけりで、あくまでも可能な大会は。という条件つきですが。

それとBチームの選手は、例え良い実績を挙げても、
上のAチームには引き上げない事も確認された。

これはAチームが同学年でまとまっており、人数も多いので、
敢えてBからは選手を供出しないとの事。
Aチームとのスタッフと話し合った結果、そう決まったらしい。

これはこちらも同意見。掛け持ちになると得るものも多いかもしれないが、
負担が増えるのも事実。チームを一つに絞り、チームワーク強化を重視。

大人同士もこの時点では考えもまとまり、順調なスタートに見えたが、
シーズンが進むにつれ、良い面・悪い面が出てくる事になる。

続きは後日。

2005年10月19日

ある中学生の悩み(チーム移籍について)

先日、およそ10年ぶりに旧友と再会しました。
彼は同い年で元同僚です。彼が転職したので付き合いが途絶えていたのですが、
久しぶりに連絡があり、会って話をする機会がありました。

彼は同県ですが、遠く離れており生活圏も異なります。
色んな話で盛り上がったのですが、子供の事から次第に野球の話へ。

彼はまだ独身ですが、甥が一人います。
その甥がうちの息子と同い年で、やはり中学軟式で野球をしているとの事。

今日はその時に聞いた、中学生の苦悩とチーム移籍についてのお話です。


友人の甥をA君とします。
A君は小学生時代も学童軟式で過ごし、市の大会でチームは好成績をあげていました。
上部大会にも出場し、その市では強豪チームだったそうです。

A君の父(私の友人の兄)もそのチームでコーチを務めていました。
A君は父の勧めで、中学の野球部に入る事にしました。
そのお父さん曰く、「中学のうちは軟式で十分」との事。

A君のチームの6年生も、大半は軟式を選ぶ流れだったようです。
そこへある選手(B君)のお父さんが、「うちは硬式に入れる」と宣言。
それはそれで構いません。チームを選ぶのは自由ですから。

ところがB君は気乗りしない様子。理由は、
「このメンバーで、同じチームで野球がしたい。」

ようするに学童時代の「仲間」と同じチームに行きたい訳ですね。
これも立派な選択肢の一つでしょう。

しかしB君の父はそれを許さず、執拗に硬式入団を迫ったそうです。
本人の意思ではなく、親のゴリ押しでしょうか?

B君は言いました。「自分一人で硬式へ行くのは嫌だ・・」
そこでお父さん、「じゃあ他に誰かが行くと言えば、それならOKか?」
B君は仕方なく 「うん・・・」 と答えた。

するとB君のお父さん、我が子を硬式に入れるために、
他の子供達へ勧誘をはじめました。子供だけではなく、
親御さんにも熱心に勧めたそうです。

こうなるとA君のお父さんは面白くありません。
A君父vsB君父 軟式派と硬式派の争いになってしまったのです。

しかもB君本人は軟式を希望しているだけに、話がややこしい。

最初はほとんど軟式で固まっていた子供達ですが、
B君父の切り崩しに遭って、一人、二人と硬式に気持ちが傾く。
最終的に4人の子が硬式へ進む事になりました。

一方の軟式は9人となり、同じチームだった子供達は2つの道へ別れる事に。
ただ軟式派の父兄の中には、B君父の強引な勧誘に不満があり、
問題解決後もシコリが残ったよう。


中学入学後5ヶ月が過ぎた8月下旬。
それぞれの道へ進んだ子供達に、それぞれ変化がありました。

中学部活へ進んだ子供達。3年生引退後の新チームでは、
皆が主力に近い存在になり、日々楽しく野球に取り組んでいました。

一方硬式に進んだ子は・・

厳しい練習もそうですが、周囲のレベルの高さに圧倒される毎日。
同じ学年にも、技術の高い子が目白押し。
加えて先輩達も層が厚い。練習試合にも出れない状態が続く。

彼らは平日の放課後、校庭で楽しく練習している部活の様子を見るにつけ、
次第に気持ちは軟式へ。そしてついに、なんとB君が父親に
「硬式を辞めたい。そして部活の野球部に行きたい!」と直訴。

これに対してB君父は猛反対。しかしB君も引き下がらず、壮絶な親子喧嘩に。
B君はA君に打ち明けた。
「俺達、硬式を辞めて部活に行きたい。そんな俺達を受け入れてくれるか?」

A君は答えた。「大歓迎だよ!」

だが事は上手く運ばなかった・・

A君父が顧問と2年生保護者に根回し。
『途中からの移籍加入は好ましくない。なまじ硬式をカジった奴らが入ってくると、チームの和も乱れるし、指導方針も噛みあわない。まして連中は部活を見捨てて硬式を選んだ。そこが面白くないと言って安易に部活を頼るのは、甘えているし筋違い!』


ここまで黙って話を聞いていたドラ夫も、我慢出来ずに口を挟んだ。
「お前の兄さん、それはちょっと大人気ないだろ?」

友人は言った。
「俺もそう思う。でも兄貴も意地があったんだろうな・・」


チーム選びに諍いが有ったとはいえ、選手は自分の子供の同級生。
しかも自分が学童時代に、コーチとして指導をした選手達だ。
幾ら意地とはいえ、そこまで突っ張るのもどうしたものか?

こう考えると、チーム選びというのは難しい。
選択肢が一つしかないのなら、それは仕方ないが、
複数ある時は慎重に決めるべきだ。

親の希望も大事かもしれないが、やはり本人の気持ちが一番大事だと思う。
選手個々で目標や取り組みが違うので、それに合ったチームを選択するべき。
入った後で後悔しないためには、選手の力量と気持ちを重視しなければならない。

今回の件、B君父の硬式勧誘が無かったら、学童チームは全員部活へ行っていた。
それが良かったか悪かったかは、人によって意見も分かれるかもしれない。
でも親同士の問題で、純粋な子供の気持ちを踏みにじるのは勘弁してもらいたい。

この話はまだ、継続的に話が進んでいるようです。
なんとか良い妥協点を見出してほしいです。
子供に罪はありません。これで野球から遠ざかってしまうのは惜しい事です。

私の考えですが、高いレベルで野球をするつもりなら、技術も大事ですが
本人の意思が一番大事ですね。これが欠けていると、
今回のような事態になりやすいのかもしれません。

親のアシストも必要かもしれませんが、過度の押し付けは子供にもプレッシャーを与えます。
子供本人に高い目標があるのなら、苦しい練習にも耐えるでしょうが、
今回のB君のように、初めから気乗りしない入団は考え物かもしれません。

それほど甘いものではないですからね。硬式チームは。

「仲間とやる野球」これも大切な要素だと、私は思います。

今回の記事、友人には了解を得ています。
これからチーム選びを考えておられる方に、参考になれば幸いです。
posted by ドラ夫 at 23:09| Comment(45) | TrackBack(2) | 軟式と硬式 | 更新情報をチェックする

2005年10月18日

越境入学問題

今朝の新聞記事に、中学生の高校進学に関する記事が取り上げられていました。
いわゆる『野球留学』に関する事です。 以下に文面を引用します。



日本高校野球連盟(脇村春夫会長)は17日、大阪市内で第2回野球留学検討委員会を開き、各都道府県高野連からの調査回答を基に今後の方針を話し合った。「特待制度や中学生選手への勧誘行為に行きすぎた点が見られる」などの報告があり、来年以降も実態調査を継続することや、地方大会申込書の選手名簿に出身中学と中学の都道府県名を書き加えるように求めることを決めた。
 今夏の地方大会を対象に野球留学の実態を調査。全国4137校のうち、県外中学出身者がいる学校は647校、15.6%に上った。登録選手約8万人のうち2773人、約3%が県外から入学。うち84.7%の2350人を私立が占めた。また、春夏甲子園出場校の登録選手では96年の9.1%から21.0%と増加傾向にある。
 野球留学の弊害として「入学金や寮費の免除」「勧誘のための中学生の自宅への訪問」など学生野球憲章に反する事例が報告され、留学選手の大会登録人数を制限することについて、19連盟が「何らかの措置が必要」と賛同する一方、5連盟が「根本的な解決にならない」など慎重だった。
 話し合いでは、「登録人数制限が必要」との意見も出たが、結論は持ち越された。また、「隣接県からの入学者を野球留学の定義から外すべきだ」との意見が出たため、11月の評議員会で検討することも決めた。



ようするに、現状の野球留学に何らかの規制を設けるべき。という論調です。
中学生の息子を持つ親として、こうした問題には無関心でいられません。

うちの息子が野球留学を目指している。という訳ではありません。
そんなレベルには程遠い実力ですから(^^;

ただ選手の中には、「夢」を持って野球に打ち込んでいる子も沢山いるでしょう。
色んな夢があるでしょうが、やはり『甲子園』というのが中学球児には
一番の身近な夢ではないでしょうか?

甲子園出場という目標は、ある程度腕に覚えのある選手でしたら、
ごく自然に考える事だと思います。
その夢と目標を達成するために、『志望校』というものが存在するんですよね。

言わば、その子の将来や進路を左右する選択になるでしょう。
こうした事に高野連が、規制をかけるというのも変な話だと思います。

越県入学には賛否両論があります。

私が思うに、現在の甲子園代表を決める、『1県1代表制』にも、
少なからず問題があるのでは? と思うのです。

『1県1代表制』が定着したのは、第60回大会からだそうです。
それ以前は5年に一度の記念大会を除き、地域によっては他県の優勝校と
「代表決定戦」がありました。それに勝って初めて甲子園に出る事が出来たそうです。

私が物心ついた時には既に『1県1代表制』でしたが、
父に聞いた所、それ以前は例えば 三重県と岐阜県での「三岐大会」とか、
福井県と滋賀県による「福滋大会」など、それらの試合を勝たないと甲子園には行けなかったとの事。

ようするに昔は出場校が今より少なかったんですね。
夏の甲子園でも、県によっては代表校を送り出す事が出来なかったわけです。

『1県1代表制』になってからは、全ての都道府県で代表を出す事が出来るようになりましたが、今度はそこである種の不公平が生じましたね。

人口の多い県と少ない県。参加校数が多い少ないの問題です。
甲子園に出る。という事だけ考えると、人口の多い県は狭き関門です。
勝ち上がるのに、ノーシードなら8試合が必要! なんて県もあるほどです。

一方で4試合勝てば甲子園。という県も存在し、これでは確かに公平ではありません。
そうなると人口の多い県の選手が、「甲子園」を目指して他県への留学を考えるのも
自然の流れではないでしょうか?

国政選挙の『1票の格差』の問題に似ていますが、選挙では定期的に
定数是正や区割りの見直しが行われています。

これを現在の甲子園出場に当てはめる事は出来ないでしょうか?
私の考えは、数年前の記念大会で採用された、出場枠拡大です。

千葉県・埼玉県・神奈川県・愛知県・大阪府・兵庫県。
これらの府県は「2代表」にするのが良いと思います。
こうする事により、これらの県に在住する生徒が、
少しだけ甲子園の関門が広くなり、地方への留学を多少は少なく出来ると思うのですが。

野球留学にはこれ以外にも様々な問題があると思います。
でも実際にプレーをする選手の立場にたった改革を望みたいです。

「なんでも禁止」や「問題があるから規制」というのはいかがなものか?
と思う次第です。
posted by ドラ夫 at 12:22| Comment(35) | TrackBack(2) | 軟式と硬式 | 更新情報をチェックする

2005年10月17日

千葉ロッテ 優勝おめでとう!!

2005年のパリーグは、千葉ロッテが制しました!

実に31年ぶりの優勝。ロッテファンの皆さんも大喜びでしょうね。
中日ファンを公言してきたこのドラ夫、実はパは『隠れロッテファン』
でした(^^;

metooさんのブログのコメントに以前書いたのですが、
ドラ夫がロッテファンになったきっかけは、31年前の日本シリーズでした。

昭和49年。 小学生低学年だった私は、この年に初めてプロ野球に興味を持ちました。
たまたま地元の中日が20年ぶりの優勝を果たし、巨人のV10を阻止しました。
地元が熱狂の渦に湧いたのを今でも鮮明に覚えています。

その時の日本シリーズの相手がロッテ・オリオンズでした。
監督がカネやんこと 金田正一氏 中日は2勝4敗で日本一を逃しましたが、
この時のロッテには好印象が強く、以来パリーグは常にロッテを応援してきました。

ロッテが千葉に移転してからは、ファンクラブにも加入していたほどです^^
一昨年からファンクラブは入っていないのですが、ロッテのレプリカユニフォームは
私の普段着の一つになっています! 

ずっと優勝から遠ざかっていたので、私もこの優勝は本当に嬉しいですね^^

それにしてもプレーオフは盛り上がりました。
連日の熱戦続きで、まさしく優勝を決めるシリーズに相応しい内容でした。
プロ野球の人気に陰りが囁かれている昨今。そんなものを吹き飛ばすような熱い戦いでした。

野球少年を持つ親として、プロが盛り上がるのは大歓迎です。
子供達もこうした試合を観る事により、夢を追い続ける事が出来るんですよね。

やはり頂点にあるプロ野球が発展しないと、底辺にある少年野球も盛り上がりません。
今年のプロ野球はセ・パ共に、素晴らしい優勝争いだったと思います。

惜しくも敗れたソフトバンク。シーズンを1位で通過しながら、
2年続けて日本シリーズを逃したのは、本当に無念の事と思います。

私見ながら、こうしたプレーオフシステムには何となく釈然としない部分もありますね。
ロッテの優勝は勿論嬉しいのですが、ソフトバンクの選手、ファンの心中を思うと、
本当にこのシステムが良いのか? と思ってしまいます。

セリーグでも、このプレーオフが導入されるとの事。
今回のソフトバンクの敗退で、また議論が起きるかもしれませんね。

いずれにしましても阪神との日本シリーズ、双方に良いゲームを期待したいです。
千葉ロッテ・マリーンズ優勝 本当におめでとう!

2005年10月15日

悩ましい天候・・・

先日にお話したグランド確保の件。

結局確保が出来なかったので、今日は遠征の予定でした。

と言っても比較的近い所なのですが。

2試合の予定で、2試合ともゲンジがマスクを被る事になっていたのですが・・

早朝に『雨で中止です』の連絡がある。う〜ん残念!

そこで時間を改めて、9:00より体育館での練習。という事になりました。

ところがその時間になったら雨はおさまり、太陽が!

「天気が回復したのに、勿体ないなぁ」と大人達もボヤキ気味。

ところがそこへ朗報が!

当初グランド使用を予定していた団体が、使用をキャンセルしたとの事。

そこでタナボタながら、我がチームが使用出来る事になりました^^

本当なら遠征で試合をしたかったのですが、なんの成り行きか、

二転三転の末、結局はいつもの場所でいつもと同じ練習。

天候にかき回される事になりましたが、何も出来ないよりはマシ。

それにしても週末になると雨になりますね。

地域によっては、日程消化が抜き差しならない状態の所もあるのでは?

明日は晴れるといいですね〜

しかし今日は試合をしたかったなぁ。。。
posted by ドラ夫 at 22:51| Comment(22) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年10月14日

夢の『オープン戦』

まだ正式決定ではありませんが、

我が軟式クラブと、硬式チームとの練習試合が実現するかもしれません。

えっ? と思われるでしょうか?^^

ボールが違うから当然ですよね。

守備側のボールを使用して行うゲームです。

硬式チームが守備の時は硬球を使う。軟式が守備の時は軟球。

つまり我がチームは硬球を打つ事になるんですね。

「異種格闘技」のような試合かな?(^^;

ひょんな事から湧いた話なんですが、対戦すれば面白そうです。

クリアしなければならない問題もあるので、話が頓挫する可能性もありますが、

なんとか実現にこぎつけたい。

相手の高いレベルに触れるのも、大いに勉強になると思う。

さてどうなる事やら。。。
posted by ドラ夫 at 23:49| Comment(29) | TrackBack(0) | 軟式と硬式 | 更新情報をチェックする

2005年10月13日

冬の練習計画

前回の続きです。

2002年12月

長いようで短かった4年生の少年野球活動。
11月一杯で全ての日程を終了し、2ヶ月間の休みに入った。

チームの始動は翌年2月の第一土曜日。
それまではチームとしての活動は無い。

だがこの2ヶ月間の過ごし方は重要だと位置付けた。
入団以来、ようやく結果が伴いだしたので、ここで手を緩める気にはなれなかった。
そうでなくとも翌年の投手候補。覚えることは山ほどある。

更にショートとの併用の話もあり、外野でこれまでプレーしていたゲンジには、
立ち止まっている暇は無かった。

思えば前年のこの時期は、気管支炎を患い病床にあった。
これが災いとなり、長期間練習から遠ざかる事態を招いた。
結果、シーズン当初は後発の選手の追い上げにあって苦労する。

今年は同じ轍を踏まないよう、万全の体制で挑みたいと考えていた。
幸いゲンジの意識も高く、目標に向かってやる気は上々。

この時まだ9歳なので、体力作りというより技術修得を目指す。
とにかくまずはピッチング。これがメインとなる練習計画を作る。

ピッチングというと、「投げ込み」がまず頭に浮かんだが、
そもそもフォームが基本から大きく外れていて、その動作がバラバラだったら、
幾ら投げ込みをしても、それは「無駄な努力」に終わると考えた。

そのためにも、まずはフォームを念入りにチェックする事から始める。
自宅の練習場には大きなガラス扉があり、シャドーの様子は自分で見る事が出来る。
それに加えビデオで撮影をし、自分のイメージと実際のフォームの違いを認識させた。

フォームに関しては必要最小限の助言に留める。
あまり細々と言うのは混乱を招くし、悪い動作でなければ個性もある程度は残したい。
プロでも一人一人フォームが違うので、そのように考えた。

フォームチェックの項目は、
・ステップ幅
・軸足の折れとお尻の下がり
・上体の開き
・腕の伸び具合(肘が前に出るか?)

この程度に留めて、しばらくは様子を見る事に。

後は牽制球のテクニック。ボークの理解。セットポジションの会得。
これらを毎日満遍なく取り入れて、練習に励みました。

フィールディングに関しては、バント戦法を行うチームが少ないので、
この時点では後回し。というか、そこまでの余裕がありませんでした。
あまり詰め込むのもどうかと思い、大体こんな感じのメニューでした。

冬のため外で実際に投げる事が出来ず、室内での動作の繰り返しでしたが、
ここでの基本は、今でも役立っていると思っています。

こうしてオフシーズンは過ぎてゆき、チーム始動の日を迎える事になります。

続きは後日。

2005年10月12日

練習場確保

週末のクラブチームの練習場は、自治体所有のグランドで行っている。

これまではほぼ独占というか、第一優先に近い扱いで使用出来ていた。
ところがここへ来て、少し事情が変わりつつある。

この所の週末の悪天候で、各団体の行事が順延となり、
クラブが使用しているグランドも、それらの開催場所に奪われるようになってきた。

競技以外でも、防災訓練やお年寄りのゲートボールまで様々。

日頃は有り難く使用させてもらっているので、文句を言う事は出来ない。
こうなると、裏方さんの出番になる。

チーム役員が練習場確保に向けて、奔走する事になるのだが・・
しかし思うように事は運ばない。どこもイベント使用での引き合いが多いのがその理由。

実は先々週にも同じような事があり、その時は企業のグランドを
無償で借りる事が出来たので、なんとか乗り切りました。

こんな時は遠征に出掛けるのも一つの方法と思い、提案してみたが、
予算の関係と、日が迫っているので難しいとの事。

実はまだ、次の土曜の日程が決まっていない。。。
こうなれば、近くの相手と練習試合でも組むしかないが、
とにかくハッキリしないのが落ち着かない。

天候不順がこんな所にまで影響するとは、困った事です。

まぁうちはまだ恵まれているほうかもしれません。
都市部では、専用グランドを持たないチームも有ると聞きますから。

しばらくすれば、またいつものように普通に使用出来るでしょうが、
それまでの間は、少しの辛抱になりそうです。

2005年10月11日

もう一つのデビュー戦

昨日のエントリーで、息子がキャッチャーデビューを飾った事を書きましたが、
この試合、もう一つの『デビュー戦』がありました。

1年生のA君が、初めての先発フル出場を果たしたのです。

このA君、実は中学に入ってから野球を始めました。
クラブの1年生の中では唯一、小学校時代に野球経験がありません。

4月の入団当初は、まずキャッチボールから始めました。
そのキャッチボールが、初めは全く出来ません。

当時は3年生がバリバリの時でしたので、1年生にまで指導が行き届かない面もありました。
その1年生の中でも、A君はズブの素人でしたから、本人・チーム共に戸惑いがありました。

本来なら、A君だけ別メニューで基本動作の指導をすればよかったのですが、
クラブでもそんな余裕が無かったのかもしれません。

当然ながら1年生用の練習メニューでも、A君はついてこれません。
私も心配というか、このままではA君が辞めてしまわないか?
という思いに駈られてしまい、絶えず声をかけては励ましていました。

そんな私の想いとは裏腹に、A君は練習を休む事なく、熱心に通い続けました。
3年生が引退後、新チームになりましたが、ここでようやくA君用の
個別指導の時間がとれるようになりました。

個別と言っても、全体練習の合間に行う程度のものです。
平たく言えば、まだ全体の練習についてこられるレベルではありませんでした。

そんなA君でしたが、少しづつ向上の気配が見えてきたのです。
2年生主体の新チームですから、一部の1年生は練習試合でも起用は少ないです。
ここまでA君のみ、試合起用は一度も無し。

しかし先日の試合では、8番ライトで試合デビューを経験しました。
スタメン発表の時は、顔がこわばっていましたね^^
まぁ無理もありません。事前に本人には話さず、当日いきなりの起用でしたから。

秋になってから外野の練習も、他の子と一緒にこなしていましたので、
その成果を試す時が来た訳です。

A君は一生懸命プレーしていました。まだ全体的に「野球を知らない」のですが、
ひたむきなプレーは、見ているほうにもある種の感動が走りましたね。
試合中もエラーというか、判断ミスが幾つもありましたが、監督も代える気配は無し。

するとA君も慣れてきたのか、中盤からはキチンとボールの判断が出来るようになり、
フライの捕球も幾つか成功させました。それに大きな声も出し続けています。

打撃のほうも最初はボール球に手を出し、空振りの三振でしたが、
次は四球を選んで出塁しました。3打席目はチャンスの場面。
「勝負」に拘るのなら、ここは当然代打の場面ですが、
監督はそのまま打たせました。これぞ練習試合ですよね。

結果はピッチャーゴロでしたが、とにかくバットに当てた事を、
チーム全体で喜んでいました^^
こうして最後まで試合に出たA君。試合後は、とても充実した顔つきでした。

まだまだレギュラー獲得までには、道程も遠いとは思うが、
本人も少しは自信がついたのではないだろうか?
なにより試合に出た事が、大きな収穫になった気がする。

来年には、現在の6年生が入部してくる。
今のままだと、その年下達とポジション争いになるのだが、
その時にA君が、どれだけ奮起してくれるか? 今から楽しみです。

こうしてチーム全体の底上げに繋がるのですね。

野球を始めるのは早いほうが有利だとは思いますが、
かと言って、中学では遅いか? と言えば そんな事はないと思います。
A君を見ていると、本当にそう思います。

スタートが遅いハンデは、本人の取り組み次第で、
その差をある程度は縮めるのは、充分に可能だと思ってます。
今後のA君に注目です。
posted by ドラ夫 at 23:31| Comment(28) | TrackBack(0) | 技術指導の方針とは? | 更新情報をチェックする

2005年10月10日

上々のキャッチャーデビュー

今日はハッキリしない天候の中、クラブチームの練習試合があった。

この日ついに、ゲンジがキャッチャーとしてマスクを被る。

これまでは公式戦を優先していたので、練習試合もそれなりのメンバーと
ポジションで挑んでいたが、今日は今まで出番の少なかった1年生も試合に出た。

ゲンジもいつものファーストではなく、キャッチャー初起用。
今まで、それなりに取り組んではきたが、初めての実戦でどこまでやるか?
だがこちらの本音は、「試合を壊さなければいいが・・」という思い。。。

しかしその心配は稀有に終わった。上々の出来でした。
ショートバウンドを後ろに逸らす事も無く、声もよく出ていました。
配球も自分なりに考えているのがよく判り、試合中も笑顔が出ていた。

キャッチャーフライの反応も、最初にしてはマズマズ。
盗塁は3つ決められたが、スローそのものは悪くない。
2塁から3塁の盗塁を、うっかりミスで決められたのはご愛嬌。

こうして無事に試合を乗り切り、捕手デビューを無難に飾った。
細かい事を言えばキリが無いが、まずは捕手としてある程度の見込みが出来た事を喜びたい。

試合後はコーチと一緒に反省会。 良かった面、課題の面を聞かされていた。
神妙な顔つきで聞き入っている。次の試合でそのアドバイスを参考にしてほしい。

場数を踏む事で、これからどんどんと吸収していく事だろう。
自宅練習の成果も出たと思う。地道に取り組んできて良かった。
ショートバウンドの練習は、それこそ念入りにこなしてきたから。

休憩後の第二試合はいつものファーストで出場。
だがいつもにも増して生き生きとしていた。
自分でも、無事にキャッチャーをこなしたのが自信になったのだろうか?

これからまだまだ厳しい場面に直面するだろうが、
一つ一つ課題をクリアしていってほしい。

2005年10月08日

雨中の熱戦

今日は部活の新人戦。

前日の雨も朝に収まり、曇り空の中で試合が行われた。

9月29日の記事中でクジ運が悪いと書き、昨日の記事では「不安が一杯」と書いた。

だが予想に反して、選手達は好ゲームをしてくれた。

ゲンジはベンチからのスタート。

序盤に2点を先制され、そのまま試合は後半へ。

このまま終わるか? と思っていたが、ラッキーなヒットも重なって、

2点を返して振り出しに。

6回の攻撃、先頭バッターの代打でゲンジが打席に。

しかし内野フライに倒れる。裏の守備からファーストへ入った。

この頃から雨が落ちだし、次第に激しく降ってきた。

そして最終回の守り、力尽きてサヨナラ負け・・・


強敵を後一歩まで追い詰めたが、善戦虚しく初戦敗退。

しかし内容は褒めてもよいと思う。

ミスもあったが、ファインプレーもあった。

こうして選手は成長していくんだなぁ。と改めて実感。

目標だった上部大会進出は適わなかったが、良い経験をしたと思います。

この悔しさを、次に活かしてほしいものです。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。