2005年06月16日

周囲の雑音

前回の続きです。

2002年8月

入団から1年半以上に渡っての「ノーヒット」のトンネルを抜けた息子ゲンジ。
しかも2試合で3本塁打を含む、7打数7安打のオマケ付き。

紆余屈折を経て、ようやく結果を伴う事が出来た。
何もせずに出した結果ではなく、夕方の自宅練習があったればこその結果だと思う。
それに費やした苦労も報われた感があったが、まだ2試合で活躍しただけ。

この結果がマグレと思われないためにも、気持ちを緩めないよう、気を引き締める。
ゲンジも自分なりに自信を持ったようで、表情も明るく練習意欲も向上した。
「頑張れば出来る!」 という事が判ったようで、これが教育的観点から見ても
一番の収穫だった。

親子で次の目標に向かって進みだした2002年8月。
それに水を差すような話が耳に入る・・

5年生の保護者数人が、選手起用を巡って不穏な動きを見せはじめた。
5年主体の選手起用を唱えて水面下で根回しをし、賛同者を募るような動きだ。

この時の監督は色んな選手にチャンスを与えるやり方。
絶対的不動のレギュラーは5人程で、残りは毎回メンバーが違う。
入ったばかりの3年生は別にして、残った4・5年生が残りのポジションを争う形。

今回タマタマ4年生のゲンジが結果を出した事に危機を感じたのか、
なんともやりきれない気持ちだ。
それには、ゲンジの5番起用の件も不満らしく、親バカ丸出しの実に情けない
感情も入っている。

こちらとしては、あれだけの結果を残して文句を言われてはたまらない。
選手同士が競い合い、互いに向上していくのが理想なのに、
親のエゴもここまでくると尋常ではない。

しかも試合に全く出れないのならともかく、場合によってはそれらの子が
スタメンの時もあるし、ベンチスタートの時も途中出場があるのだ。
ただ単に、「スタメンでなければ不満」 という考えはいかがなものか?

それらの子も前年まではゲンジよりはるかに実力は勝っていた。
それが何故、その差が縮まったのか? 前述の親達はそれが判っていない。
やる事をやらないで、不平を言うのは見苦しい。

ドラ夫もたった一度の活躍で、ゲンジがスタメン確保とは思っていない。
これを足掛かりにして結果を出し続ければ、元々守備は及第点だから、
スタメン定着に一歩近づくとは思っていたが。

この一連の騒動で、一人の5年生が退団した・・
レフトのポジションを争っていた子で、親が強制的に辞めさせた形。
これにはチームにも衝撃が走った。

そして次の試合。スタメン発表にゲンジの名前は無かった。

続きは後日。






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