2005年05月12日

元の木阿弥

前回の続きです。

2002年5月
 
初めてのセカンドを無難にこなした息子ゲンジ。
しかしこの日も打撃は低空飛行。
 
相手はバリバリのAチームだから、この時4年生のゲンジにすれば、
いつもの投手よりはレベルが高い。しかし、それを差し引いても
気力の見えないバッティングだった。
 
最初の打席はフルカウントから見逃しの三振。
しかも一度もバットを振らず・・・
 
前年の三振街道驀進中の状態に逆戻りだ。
あの時は個人練習でバッティングセンターに通い、
その後は三振も無くなり、凡退ながら強い当たりが続いた。
 
しかし気管支炎を患った後は、家で素振りどころか、バットすら握らない。
そんな状態で好調をキープ出切るはずもなく、すっかり元の木阿弥になっている。
 
2回目の打席は自分に回ってくる事なくゲームセット。
4・5年生のBチームでは実力差に開きがあったようで、大差での完敗。
 
そんな中、この年から入った同級生が代打でクリーンヒットを放つ。
今年2本目のよう。ゲンジにとっては逆風だ。更に・・
1つ下の3年生の1人も、ヒットにはならなかったが痛烈な当たりを打っている。
 
こうした現実をゲンジはどう捉えていたのか?
 
「ゲンジよ、どうする? 追い込まれたぞ・・」
心の中でドラ夫はつぶやく。
 
そして次の練習試合には、不安は現実のものとなってしまった。
 
続きは後日。