2005年05月13日

保護者総会

今夜はクラブチームの保護者総会があった。
 
年に3〜4回 開かれるようだが、今回ドラ夫は初参加。
心配された出席率だが、今夜は100%。
 
主な議題は今後の活動計画と予算の割り振り。部活との連携についてなど。

予算関連では、夏以降に導入予定の「新・軟式ボール」が話題になる。
チームとしていち早く対応する為に、新ボールの確保・導入をスムースに。
という話になり、練習球を含めて切り替えをなるべく早めにするように決まった。
 
後はキャッチャーミット・ファーストミットの新規購入や、
ピッチングマシンの維持管理費用、遠征の際の交通手段の確認等、
議題のテーマが学童時代とは少々異なる。
 
うちのチームは自治体から、専用グランドの優先的使用を認められているので、
その点は他より恵まれている。
学校によっては校庭に頼るしか方法がなく、その校庭を他の競技と共同使用。
という所もあり、練習場確保も苦しいとの事らしい。
 
総会の後半は雑談模様になり、様々な話題で盛り上がった。
これより大会が続くが、選手達の頑張りに、保護者会としても
全面的バックアップで望む方針でお開きになりました。
 


2005年05月12日

元の木阿弥

前回の続きです。

2002年5月
 
初めてのセカンドを無難にこなした息子ゲンジ。
しかしこの日も打撃は低空飛行。
 
相手はバリバリのAチームだから、この時4年生のゲンジにすれば、
いつもの投手よりはレベルが高い。しかし、それを差し引いても
気力の見えないバッティングだった。
 
最初の打席はフルカウントから見逃しの三振。
しかも一度もバットを振らず・・・
 
前年の三振街道驀進中の状態に逆戻りだ。
あの時は個人練習でバッティングセンターに通い、
その後は三振も無くなり、凡退ながら強い当たりが続いた。
 
しかし気管支炎を患った後は、家で素振りどころか、バットすら握らない。
そんな状態で好調をキープ出切るはずもなく、すっかり元の木阿弥になっている。
 
2回目の打席は自分に回ってくる事なくゲームセット。
4・5年生のBチームでは実力差に開きがあったようで、大差での完敗。
 
そんな中、この年から入った同級生が代打でクリーンヒットを放つ。
今年2本目のよう。ゲンジにとっては逆風だ。更に・・
1つ下の3年生の1人も、ヒットにはならなかったが痛烈な当たりを打っている。
 
こうした現実をゲンジはどう捉えていたのか?
 
「ゲンジよ、どうする? 追い込まれたぞ・・」
心の中でドラ夫はつぶやく。
 
そして次の練習試合には、不安は現実のものとなってしまった。
 
続きは後日。

2005年05月11日

審判の要請

子供の野球に関わっていると、チームから様々な協力を求められるが、
その1つに審判がある。
 
主審と塁審があるが、ほとんどの場合は塁審の要請が多いようだ。
どこでも今の時期に「審判講習会」なるものが開催されるのでは?
ドラ夫の地区でも少年野球・中学クラブ・早起き野球 の3団体合同の
審判講習会が今月中に行われる予定だ。
 
ところが、こうした呼びかけに応じない父兄も少なからずおられる。
仕事の関係もあるかもしれないが、ハナからやる気がないお方も多い。
全ての保護者に協力をお願いしたいのだが、なかなかうまくいかない。
 
いつも同じ人ばかりに依頼するのも気の毒なのだが、
チームによってはそうした所も多いのでは?
 
こうした協力が嫌だから、子供をチームに入れない家庭もあり、
結構厄介な問題なのだが、審判を出さないとエントリー出来ない大会もあるので
なんとかしなければならない。
 
気楽な感じで観戦していると、判定に対してアレコレ言えるが、
イザ自分が判定を下す側になると、瞬時に対応出来ない時がある。
最初は練習試合等で慣れておいてから、公式戦に出るのが良いだろう。
 
時々、お母さんが塁審をされている光景も目にするが、
とても素晴らしいと思う。 
最初から無理だと諦めないで、可愛い子供の為に
是非、審判協力を快く引き受けてもらいたいものです。

2005年05月10日

部活指導に参加

週末のクラブチームの終日練習の時、
部活顧問の教諭が2時間程、練習の見学に来られた。
 
その時に言われたのが、「指導陣が多くて良いですね〜」
 
その日は監督・コーチが3人。外部招聘コーチが1人。
ドラ夫を始めとする熱血父兄が3人。という陣容。
 
「部活の時は私1人だからエライ違いですね(笑)」
と顧問がぼやく。
 
「お父さんの方々も、お時間がある時には是非、部活のほうにも足を運んでください。」
と、帰り際に申された。
 
確かに放課後は時間が少ないとはいえ、1人だと眼が行き届かない面もあるだろう。
1年生にまで手が回らないのも頷ける。
 
今月から7月までは中学部活も16:30〜18:30の2時間と長くなる。
ドラ夫も今日は時間の都合がついたので、顧問の言われた言葉を鵜呑みにし、
部活練習に顔を出してきた。
 
17:00に到着し、最後まで付き合う。
クラブとは少しメンバーも異なるが、土台は同じだと思っている。
 
アップと後片付けの時間を差し引けば、実際の練習時間は1時間強。
それだけに効率の良い練習が望まれる。
保護者が1人でも手伝えば、そうした無駄な時間も節約になるだろう。
 
仕事の関係で毎日顔を出すのは無理だが、今後も都合がつけば部活にも足を運びたい。

2005年05月09日

無難に終わった内野デビュー

前回の続きです。

2002年5月
 
Bチームながら主要大会にエントリーした我がチーム。
新監督は内野未経験のゲンジをいきなりセカンドでスタメン起用。
 
塁審として試合に帯同したドラ夫。
セカンドの心得等をゲンジにアドバイスしたいが、
自チームの前の試合に塁審を担当するので、アドバイスの時間がない。
 
それにしても何故セカンドなのか?・・
もともとセカンドの子はショートに。ショートの子がサードへ。
サードの子がセンター。という変更。
 
これならはじめからゲンジが本職のセンターに入れば、ポジションを
動かす必要はないのだが・・・
 
塁審デビューを無難にこなしたドラ夫。
入れ代わりににゲンジが道具を持ってベンチに入ってきた。
 
「盗塁の時、ショートとお前とどちらがベースに入るか確認したか?」
と声をかけた。
 
「うん、一応サインで決めてある。」
とゲンジの返答。
 
これで少しはドラ夫も落ち着いたが、それにしても思い切りのよい采配だ。
 
試合開始。先頭バッターの初球にいきなりセカンドにボールが来る。
ワンバウンドでがっちり捕球しファーストへ。まずは一安心。
以後、この試合は幾つか守備機会があるものの、大きなミスがなく、
セカンドデビューは無難に終わった。
 
ところが・・・
 
サードからセンターにコンバートされた子が全く外野守備が出来ない。
後で聞いた話だが、その子は足も速く、肩も強いので
外野の適性を試すつもりだった模様。
 
こうした関係でゲンジはまた外野へ戻る事になるのだが、
定位地確保にまでは至らない。
それはバッティング状態が・・・
 
この試合も打撃は目を覆いたくなるような状態だった。
 
続きは後日。

2005年05月08日

終日練習始まる。

クラブチームは今日からしばらくの間、試合の無い週末は
早朝から夕方までの終日練習になる。
 
硬式チーム等、終日練習が当たり前の所もあるだろうが、
野球部と掛け持ちの息子ゲンジ。朝練40分に放課後2時間の練習もあり、
自宅で個人練習もするから、かなり野球漬け。
 
「野球もいいけど、勉強も大事だからね!」と妻はドラ夫にイヤミの一言。
 
今日はブルペンに入って、ピッチング練習とキャッチャー練習を
時間をかけて指導された。レギュラー組が連携プレーの全体練習を
している間に、バッテリー担当コーチより色々アドバイスを受ける。
 
ドラ夫も自宅練習の参考にと、ブルペンに張り付いて状況を見守る。
投球はストレート主体に60球程を時間をかけて投げ込んだ。
コントロールはまずまずで、バッターを立たせても問題なし。
欲を言えば、もう少し球速がほしいところ。

次はキャッチャー訓練。これは自宅練習の効果もあり、
初心者にしては上等とのお言葉を頂く。
 
午後は内野ノックで100球連続の打球を浴びる!
これは相当ハードな練習。ノッカーも大変だ。
これを内野候補全員に行うから、ドラ夫も途中でノッカーを勤めた。
 
その後は挟殺プレーの確認や打撃練習等で1日が終わった。
中身の濃い練習で有意義だっが、見守るドラ夫でさえ疲れるのに、
選手の皆はもっと疲れただろう。
 
ところがゲンジは帰りの車中でバッティングセンターに行きたいと言い出し、
5ゲーム打ち込んだ。全く子供の元気さには呆れてしまう。
これから暑い時期に差し掛かるが、この元気さを持続させてほしいものです。

2005年05月07日

チーム状況の違い

今日はクラブチームの練習試合があった。
相手は隣町に複数あるクラブの1つで、前年の県大会準優勝チーム。
ちなみに息子ゲンジが所属するクラブも一昨年に地区制覇を成し遂げている。
 
その相手チームの新1年生に、地域では有名な豪腕投手が入団していた。
学童時代の彼はその恵まれた体格から、小学生レベルを超えた速球を武器に
三振・凡打の山を築いていたほどだ。
 
しかしゲンジはその彼と相性がよく、昨年は2試合対戦して
6打数6安打。とカモにした。しかしチームは2試合共完封負け。
2試合の総安打数は8本。つまりゲンジ以外はほぼ完璧に抑えた事になる。
 
その二人が今度は「自治体選抜大会」でまたもや顔を合わせた。
予選リーグ突破のかかった試合で激突。選抜チームでも4番に座ったゲンジ。
相手の彼も単独チームの時の借りを返すべく、凄い闘争心で向かってきた。
 
1打席目はフルカウントからセンターオーバーの2ベース。
そして2打席目。ツーナッシングと追い込まれたが、そこからなんと、
8球連続ファールで粘る。相手も遊ぶ気はサラサラ無く、
唸りを上げたストレートでグイグイ押し込んでくる。
 
そしてラストボール。
 
打球はレフト頭上を越えた3ベースヒット。
 
とても見ごたえのある攻防で、大会運営委員長が閉会式の講評で
この対決を引き合いに出し、
「まるで野茂vs清原の真っ向勝負を見ていたようだ」と言わしめたほど。
 
大会結果は彼の自治体選抜が優勝。
こうして学童最後の大会を終えた二人が、今日の練習試合で数ヶ月ぶりに再会した。
 
しかし彼の姿は他の1年生と同様、ジャージだった。
彼程の素材なら、すぐにでも中学で通用すると思うのだが、
これがこのチームの方針なのだろう。
 
うちのチームはそうした観念が無いというか、現実にゲンジも
背番号を貰ってベンチに入っている。
どちらが良いのか? という問題ではなく、
指導方針の違いとチーム状況の違いなのだろうか。

「少年野球じゃ打たれまくったけど、中学じゃ絶対三振とるよ!」
と彼がゲンジに微笑みかけた。
 
「おう! 今度はスタンド入りを打ち込もうかな?」
とゲンジも笑って応える。
 
こんなやり取りを見て、早ければ今年の新人戦にでも実現しそうな
「名勝負」に胸が躍ってしまうドラ夫でした。
posted by ドラ夫 at 21:57| Comment(10) | TrackBack(0) | 技術指導の方針とは? | 更新情報をチェックする

2005年05月06日

いきなりセカンド

前回の続きです。

2002年5月
 
自宅での個人練習を止めて、ドラ夫もあれこれ口を挟まないようにしてから
三ヶ月が過ぎた。それでも週末のチーム練習には積極的に参加する息子ゲンジ。
 
ここで地域では比較的大きな大会にエントリーの話が舞い込む。
元々Aチームは参加予定だったが、ある学校が棄権したため、
その代わりにうちのBチームへ参加の打診があったもの。
 
他は全てAチームが参加してくるので、うちのBでは勝敗は結している。
それでも経験を積むには良い機会。との事でA・B揃って参加する事になった。
 
少年野球は塁審を父兄が勤めることが多い。
前年までのドラ夫は3年生の保護者という事もあり、
塁審は一度も依頼は受けなかっが、この年は息子も4年生という事もあって、
そうした協力を求められるのも多くなった。
 
前述の大会でも早速塁審を打診された。
少年野球との関わりを絶つ。と妻に宣言したものの、
野球のルールがイマイチの妻に塁審は勤まらない。
必然的にドラ夫が参加するしかなくなった。
 
内心は公の理由で観戦に行ける嬉しさもあった。
まだまだ少年野球には未練があったのですね。
 
大会当日、選手起用で皆が驚く出来事があった。
ゲンジをいきなりセカンドでスタメンと発表。
これにはドラ夫も驚きを超えて呆れた・・
 
昨年までは外野しか守った事はなく、いきなり内野は無謀ではないか?
それを新監督に指摘するも、どうやら何か試してみたいフォーメーションがあり、
その1つがこの日の布陣だったようだ。
 
「こんな事が分かっていたら、自宅でゴロ取りのノックをしたのに・・」
とドラ夫も不安が増す。
当のゲンジは緊張した気持ちはなく、リラックスそのもの。
事の重大さに気付いてないのか、神経が図太いのか?
 
続きは後日。

2005年05月05日

気合の注入

体調不良だった息子ゲンジ。

朝には幾分、熱も下がったが肝心の気合が入らない。
グズグズと意味不明な事を言い出して、練習試合に行く気がまるでない。
 
そんな姿勢にドラ夫も激怒!
「行く気が無いなら行くな! 今日は休め!」
 
これにはゲンジも我に返るも、覇気の無い息子が情けない・・・
5月病ではないだろうが、ここ2・3日のゲンジは少しおかしい。
 
クラブの練習ではそれなりの扱いのせいか、慢心が生まれたのだろうか?
「お前がやる気が無いなら、俺はこれから背番号を返してくるからな!」
 
少し天狗になりかけていた気持ちを引き締める意味でも、
今日の「気合注入」は効果があったかもしれない。
 
上の学年の子を抜こうとする気持ちがあっても、同学年の子の追い上げを軽視している。
まだ小学生気分が抜けてないのかもしれないが、常に危機感を抱いていないと、
後で後悔するのは自分自身だ。
 
まだまだ野球への自立は先になると思ってしまう出来事でした。
posted by ドラ夫 at 22:40| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年05月04日

体調 戻らず

息子ゲンジの熱が下がらない・・
食欲も無く、元気も無い。
明日は試合だがどうしたものか?
 
1年生だから出番は無いと思うが、そろそろ途中出場もあるかな?
とも思っていたので連れて行きたい気持ちはあるのだが・・
 
しかし発熱状態のままでは迷惑をかけるし、
体調管理に失敗したのは、ドラ夫の責任もある。
とにかく、明朝には回復してほしいものだ。
posted by ドラ夫 at 22:36| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年05月03日

疲労

今日と明日はクラブの練習も休みで久々のオフ日。
子供達をどこかに連れていこうと思っていたら、
息子ゲンジが発熱でダウン。
 
前日は休みを喜び、楽しみにしていたのに、
緊張の糸が切れたのだろうか?
 
思えば正月明けからクラブの練習に顔を出し、
週末はずっと野球だったから、疲れが蓄積されていたのかもしれない。
 
明後日は部活の練習試合もあるので、明日はどこにも出掛けず、
家でゆっくり静養させよう。
posted by ドラ夫 at 21:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年05月02日

出遅れ

前回の続きです。

2002年4月
 
新加入のメンバーが続々ヒットを打っている。
チーム全体を考えた場合、それは喜ばしい事ではあるが、
息子ゲンジが先を越されたと思うと素直には喜べない・・
 
最初の試合はノーヒットに終り、続いて2試合目。
レフトでスタメンに入るも、第一打席で凡退し、
次の回からベンチへ退く。
 
新監督は2試合で全ての選手を起用した。
野球を全く知らない3年生にも出場の機会を与える。
昨年までの監督とは方針が違う。
思えば昨年のゲンジの初出場は夏だった。
 
皆を試合に出す事で、それぞれの適性を見極めたのかもしれない。
そういった意味では、勝ち負けを度外視した練習試合だった。
実際、次の公式戦では あっと驚く選手起用があった。
それは次回に譲るとして、ヒットの出ないゲンジだが・・
 
その日の試合をドラ夫が、遠くから観戦していた事をゲンジは知らない。
こちらも何事も無かったの如く振る舞っていた。
以前なら、結果に対して親子でアレコレ反省をしたものだが、
「野球から手を引く」 という言葉を発したからには、
こちらからは何も言えない。
 
本人は新メンバーにヒットが出た事に危機感はあるのか?
ドラ夫は十分に危機感を抱いていたが・・
 
チーム練習だけでそれなりに上達し、結果が伴えば申し分ないが
残念ながらこの時のゲンジにはそんな実力は無かった。
 
昨年は親の方から尻を叩いて始めた個人練習。
今年はこのまま個人練習無しで終わるのか?
 
続きは後日。

2005年05月01日

部活の試合

今日は今年最初の部活の試合が組まれた。
ローカルの大会だが市営球場を使用しての試合。
 
いつもはクラブチームの試合ばかりを見てきたから、
部活の試合には興味があった。
クラブチームの指導陣と一緒に観戦に出かける。

クラブとはメンバーが少し異なるのでポジション・打順が
いつもと違う。息子ゲンジも背番号を貰ってベンチ入り。
シートノックも顧問の教諭が行い、ゲンジも捕手の位地でボール回しの指示を出す。
 
3年生主体で2試合を行い 1勝1敗。
いずれも僅差で良い内容であった。
 
試合後、顧問と少し話しをした。
話題はクラブとの連携ポイント。クラブ側からの要望を伝え、
ポジション等を両方で連動して指導方針を伝えあった。
 
こうして双方が協力出来る体制はとても良い環境だと思う。
posted by ドラ夫 at 22:41| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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