2005年05月31日

キャッチャーフライ

息子ゲンジがキャッチャーの練習を始めて、もう少しで二ヶ月になる。
 
クラブのシートノックではファーストがメインだし、
2年生にも捕手がいるので、今の3年生が抜けての新チームでは
ゲンジも捕手を守る機会はあまり無いだろう。
 
ようするに2年後を見据えた育成計画だ。
打撃練習の時も、自分が打たない時はマスクを被って球を受けている。
そうして少しづつ慣れてきて、形も少しはサマになってきた。
 
自宅の練習でも時折、防具を身に付けてショートバウンドの処理や、
セカンドへの送球練習を繰り返してきた。
 
送球は肩の強さの兼ね合いもあるので、上級生と比較するとまだまだだが、
バウンド処理はかなり上達してきた。
 
後の課題はキャッチャーフライ。
 
これは実際にキャッチャーフライを打ち上げないと練習にならないのだが、
これは相当に技術を必要とする。
 
ドラ夫も何度かチャレンジしたが、満足のゆくフライを上げれるのは、
5回に1回位だろう・・・
必死の形相で試みるが、それを見てゲンジはクスクスと笑っている(^^;
 
これでは時間的に効率が悪いので、仕方なくこの練習の時は
テニスのラケットとテニスボールを使う事にした。
これならまず失敗は無いので、マスクを取ってフライを追う動作の練習にはなる。
 
前後左右と、打ち分けも慣れれば比較的容易だ。
しかし・・・
 
実戦のキャッチャーフライはもっとクセのあるフライだ。
ボールにもスピンがかかっているし、それ故に落下の時も素直には落ちてこない。
ラケットで軽く上げるようなフライは、実戦ではほとんど無いだろう。
 
そうなると、ノッカーが自在にキャッチャーフライを上げれるのが理想だ・・
ドラ夫がその域に達するには、どれ位の時間がかかるのか?
多分、一生無理かも?・・
 
やはり根気よく練習するしか無いのだろうが、
うちのクラブチームでも、キャッチャーフライを自在に上げれる人はいません。

何かコツみたいなものがあるのでしょうか?
ご存知の方、または同じ悩みをお持ちの方、
コメント欄にご意見をお寄せくだされば幸いです。
 
ちなみに私は左手でバットを持ち、右手でボールをあげてノックします。

2005年05月30日

復活への道

前回の続きです。

2002年7月
 
自宅練習を再開し、レギュラー定着に意欲を見せ始めた息子ゲンジ。
この時のメインは外野。外野守備には一定の評価を受けており、
課題は打撃と走塁だ。
 
打撃に関しては、自宅練習復活から多少の見通しがついてきた。
時々バッティングセンターにも連れていき、感覚も取り戻しつつある。
 
問題は走塁だ。
とにかく前年からヒットがなく、四球や敵失でも出塁した事が無い。
短距離走は並より速い部類だが、それと野球の走塁とは別物。
 
走塁は瞬時の状況判断がモノをいう。
判断の遅れが、一つ先の塁を奪うのに影響してしまう。
 
しかしこればかりは実戦を積まないと会得出来ないものもある。
アウトカウントが違えば変わってくるし、ベンチの作戦にも対応しなければならない。

チーム練習の時に、こうした事が出来なければ起用にも影響するから、
本番で恥をかかないためにも、自宅練習では念入りに基本を教えた。
 
そのチーム練習だが、フリー打撃では快音を飛ばすようになった。
監督からもその上達を指摘され、ゲンジも自信を持つようになる。
 
Aチームの一部の選手を交えて紅白戦をしたが、そこでも良い当たりを放っていた。
後は試合での結果を待つばかり。それ以前にスタメンを勝ち取るのが先決だが・・

 
そんな感じの2002年7月。
 
自治体の姉妹都市のチームが遠くはるばる来訪した。
様々なイベントが企画されていたが、その一つに少年野球の交流戦があった。
 
相手は2チームでこちらの自治体も2チーム。
他県のチームと2試合出来るのは絶好の機会だ。
またイベントの一環なので双方の役所関連や観光関連で観衆も多い。
 
その第一試合、ゲンジは5番センターでスタメンを言い渡された。
未だノーヒットの子供が5番!?
誰しもそう思っただろう。このドラ夫でさえそう思った。
 
しかしフタを開けてみたら、思いもよらぬ結果が飛び出した。
 
続きは後日。

2005年05月29日

スランプ突入

今日はクラブチームの終日練習日。
 
最近の得点力不足からか、今日の練習はバッティングを重点的に行った。
時間にしていつもの3倍は取り組んだ。
 
昨日の記事中で、
「明日の練習では打撃で大きくアピール出切るよう、ドラ夫もハッパをかけた所です。」
と、息子ゲンジに奮起を促したのだが、アピールどころか絶不調・・・・
 
時折、良い当たりは飛ばすものの、打ち損ねが目立って多い。
これまでとは何かが違う。コーチ陣も入れ代わりアドバイスをするが、
益々ドツボにはまった感じでスランプ突入だ。
 
本人も頭が混乱したのか、周囲のアドバイスも効果無し。
皆、良い時の打撃を知っているだけに、今日の不調は株を下げた。
 
ドラ夫はどこがダメなのかは、把握している。
明日からは、打撃復調を目指して個人練習も打撃練習のみの予定。
 
誰でもスランプの時はある。その期間をいかに短くするか?これが重要だ。
来週までになんとか元の状態に戻したい。
 

2005年05月28日

完敗

今日の試合は完敗でした。

3個のエラーで投手が崩れ、リリーフは四球で自滅。
加えて打線はまたしても1安打・・・
 
息子ゲンジは出番無し。
 
ある意味でチーム状況は今がドン底。
これ以上は下がる事は無いから、なんとか立て直してほしい。
 
嫌な流れで試合内容が悪いが、持っている実力はこんなものではない。
何かのきっかけで、良い方へ流れを呼び込みたい所だ。
 
ゲンジも帰宅後、黙々と素振りをしていた。
1年生だからなかなか出番が来ないが、何か期するものがあるようだ。
明日の練習では打撃で大きくアピール出切るよう、ドラ夫もハッパをかけた所です。
posted by ドラ夫 at 22:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

クジ運

今日はクラブチームの公式戦。
 
ローカルの大会だが、参加チームは多い。
 
それにしても今年はクジ運が良いのか悪いのか、
いつも朝1番の第一試合ばかりだ。
 
相手はどこでも構わないが、タマには朝をゆっくりと出かけたい。
息子ゲンジもまだ寝惚け気味^^
 
これから出発です。
posted by ドラ夫 at 05:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年05月27日

失敗したスパイク選び

今日はスパイクについて。
 
中学からはスパイクも、金具スパイクの使用が認められる。
学童時代の樹脂底スパイクと比較すると、
地面への食い付きもよく踏ん張りもきく。
 
クラブチームの練習は自治体が管理運営するグランドを使用するので、
当然スパイクは金具式なのだが、問題は部活だ。
 
野球部の練習は校庭を使用するのだが、校庭は金具スパイクが禁止なのだ。
理由はトラックに敷設されているラインロープが切れる可能性の為。
他の部活と共同使用だから、規則には従うしかない。
 
部活練習もクラブのグランドを使えば問題無いのだが、
生憎、学校からは3キロ以上も離れているので無理。
 
顧問からは部活練習の時は普通の運動靴で構わないと言われ、
当初は息子もそうしていたが、やはり靴では違和感があるらしく、
足元の不安は怪我にもつながりかねないので、部活用に樹脂底スパイクを買う事にした。

学童時代に履いていた物はサイズが小さくなり無理。
新たに購入となるのだが、どうせ部活の練習用だから安い物を。
という考えが間違いだった・・・
 
ネットで安価な物を探していたら、新品未使用で格安の物を見つけた。
メーカーは敢えて伏せるが、大手とは違う。しかし全くの無名ではなく、
詳しい人なら名前は聞いた事があるメーカーだ。
 
それは新品ながら倉庫で長く保管されていた物で、数年前のモデル。
値段に吊られて購入したが、見事に失敗した!
 
履いた初日になんと、つま先部分のソールが剥れてしまう。
強度不足なのか、長期在庫品なので接着部分が経年劣化したのか?
強力接着剤で補修したが、一週間もするとまた剥れる・・

それにスパイク表面にも不具合だらけ。
素材はいわゆるクラリーノで、表面は黒で薄くコーティングだが、
これが少しの傷でベロベロと剥れまくる・・
 
とても練習に耐える代物ではなく、正に「安物買いの銭失い」だ。
仕方がないので、次はそれなりのクオリティの物を購入。
最初からそうしておけばと後悔する。
 
スパイクはある意味で、野球の道具の中では1番酷使する道具かも?
例え練習用でも、やはりそれなりの物を選んで使用するのが正解ですね。
今回の私のように、結局は高くついてしまいます(^^;

 
posted by ドラ夫 at 22:40| Comment(3) | TrackBack(0) | 野球道具について | 更新情報をチェックする

日本 大丈夫か?

サッカーのKIRINカップでUAEに完封負け・・
 
バーレーンとのW杯予選に暗雲だな。
それにしても点が取れない。
息子のクラブチームと一緒だ(^^;
posted by ドラ夫 at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年05月26日

再出発

前回の続きです。

2002年7月
 
チーム内の競争が激しくなり、次第に追い込まれた息子ゲンジ。
長らく中断していた自宅練習も、ゲンジ自らの意志で復活。
妻の理解も得られて、文字通りの再出発だ。
 
この時4年生のゲンジ。
同学年と、一つ下の3年生の布陣を整理すると・・
 
 
・A君 4年。前年の途中から入ったゲンジの最初のライバル。この時6番ショートで定位置確保。

・B君 4年。この時既に6年生並の体格。強肩だがプレーは雑。
 
・C君 4年。同じく6年生並の体格。おとなしい性格でルール曖昧。
 
・D君 4年。戦術眼はこの中で1番も、体格小柄で非力が難。
 
・E君 4年。自分から左打ちに転向した努力家。やはり小柄でパワー不足。
 
・F君 3年。体格小柄も闘争心旺盛のファイター。パンチ力有り。
 
・G君 3年。これまた小柄ながら走塁センスはピカイチ。肩が弱い。
 
・H君 3年。センス抜群。3拍子揃った好選手。

 
 

差し当たり、これがこの時のゲンジのライバルだ。
これに上の5年生の一部が加わり、ポジション競争の様相。
彼らの特徴を頭に入れつつ、ゲンジの弱点補強の対策を練る。
 
個人練習を復活させたとはいえ、それですぐに効果が出る程甘くはない。
どこから手をつけるかだが・・・
 
外野の守備では上記のライバルどころか、チーム内でも3本の指には入る。
ならば必然的に打撃向上が最優先課題だ。
ひたすらバットを握る練習をこなし、念願の初ヒットを成し遂げたい所。
 
ゲンジも以前のような弱気ではなく、意欲に燃えている。
かなりの手応えを感じていた。
 
続きは後日。

2005年05月25日

練習中のペナルティ

クラブチームの打撃練習は効率を考えて3ヵ所で行う。
打撃投手2人にマシン1台。ストライク5球で1ヵ所を終り、隣へ移る。
各人が3ヵ所を打ったら終了だ。
 
その練習の時、「フライを打ち上げたら練習最後にベースランニング1周」
というペナルティがある。
フライ1個につき1周だから、仮に15球全部フライなら15周だ。
 
クラブの練習内容には概ね納得しているドラ夫も、
このペナルティに関しては疑問を抱いている。
 
息子ゲンジも先日の練習で大飛球を放ったが、
タマタマ外野後方にいた球拾いの選手にダイレクトでキャッチされ、
投手役をしていた2年生が「はい ペナルティね!」 と声をだす。
 
おいおい!それは違うだろ?! と思ったが、コーチは何も言わない。
普通なら完全に2ベースの当たりだ。
 
そもそも何故フライがダメなのか?
よく言われるのが、「転がせばなんとかなる。」 「転がせば何かが起こる」
 
確かに転がせば捕球エラーや送球エラーもあるかもしれない。
イレギュラーやフィルダーチョイスもあるだろう。
 
エンドランなど戦術的に「転がす」必要性がある場面があるのは理解出来る。
しかし何でもかんでも「フライはダメ」 という流れはいかがなものか?

転がす事ばかりを意識して打席に立てば、打撃そのものに制約を与えられ、
選手も窮屈な感じになるのではなかろうか?
誰しも内心はホームランを打ちたいのが本音だと思う。
 
チームプレーに徹するのも大事な部分だとは思うが、
あまりに過ぎた制約は、選手の上達を阻む一つの要因になると思うのだが・・
 
それ以前に、一体何人の選手がゴロとフライの打ち分けが出来るのか?
ゴロ打とうとしてゴロを打つ。フライを上げようとしてキッチリとフライを上げる。
こんな事が自在に出来る選手ばかりなら、誰も苦労はしないだろう。
 
そうした技術も無いのに。また指導もしないうちから「フライはダメ」
では皆も戸惑うだろう。
 
こうした話になると、スイングのダウン・レベル・アッパーの話になるが、
それはまた次の機会にお話したい。

息子ゲンジには、いかなる時もノーサインで打席に入れるような選手に育ってほしいものです。
posted by ドラ夫 at 23:23| Comment(17) | TrackBack(2) | 技術指導の方針とは? | 更新情報をチェックする

2005年05月24日

球速の慣れ

部活やクラブの練習では、打撃練習の時間はどうしても限られてしまう。
全部の選手が好きなだけ打っていたら、時間は幾らあっても足りない。
だから球数限定の練習になるのも仕方ない。
 
そうした不足を補うのがバッティングセンターだ。
バッティングセンター関連の記事はここでも過去に何度か投稿した。
息子ゲンジも、3日に1日の割合で通わせている。
 
出費もかさむが、ドラ夫もそれは割り切っている。
効果を考えれば安いものだ。妻の目がなければ毎日でも通わせたい。
 
今年の1月からセンター最速の130kを打ち始めたが、今では完璧に叩いている。
普通の時でも8割、調子の良い時は全球を芯で捕らえるようになった。
眼が球速に慣れたのか、それにしても成長が著しい。

 
先日の中学デビュー戦、代打で打席に立ったゲンジだが、
結果は四球。自チームは内野安打1本に抑えられての完封負け。
しかしゲンジは試合後、「勝負してくれたら絶対に打てた。打てない球じゃない。」
と言い切った。ある意味で頼もしい言葉だが、自信の表れでもあるのだろう。
 
実際には試合ともなれば、相手投手も緩急の織り交ぜに加え、
変化球の絡みやコース配分等を考えて投球してくるから、
そうは簡単には打てないし、野球はそんなに甘いものではない。
 
ゲンジもその辺りの事は承知しているが、その上での前述の発言なのだ。
そこにはやはり、「速球」に対する絶対的な自信がある。
速球が得意。という認識があるだけで、打席では自分を優位に立たせている。
それはやはり、バッティングセンターでの効能だ。
 
今では130kのゲージでも、物足りない様子。
本当に130kが出ているか? と言われれば返答に困るが、
センターのオヤジさんの話や、多くの常連客の話を総合すると、
多少の誤差はあるかもしれないが、それに近い速度は出ているらしい。
 
ちなみにドラ夫には速すぎて全く打てない・・・
草野球愛好家の常連客仲間でも、このゲージをトライする人は限られている。

ドラ夫はゲンジの為に、思い切ってセンターのオヤジさんに打ち明けた。
「もう少し速いボールのマシンを導入出来ませんか?」
 
オヤジさんは笑って答えた。
「遠からず、そうした話が来るかな? って思っていたよ(笑)」
 
すぐには難しいが、考えておくとの事。
都会では速い速度のゲージも需要があるだろうが、なにせこちらは田舎なので、
費用対効果も経営者は考えるものだ。
 
ゲンジも打撃ではこれからもまだ、カベにブチ当たる時が来るだろう。
それでも、今持っている自信だけは失ってほしくない。
また、こうした自信を持つ事が出来た息子を、少しだけ頼もしく思えました。

2005年05月23日

意識の変化

前回の続きです。
 
2002年6月
 
サッカーW杯の観戦後、電車を待つホームで
「どんな事でも、練習すれば上手になるかな?」とつぶやいた息子ゲンジ。
 
熱戦の余韻が残っているのか、いつもなら決して出てこない言葉だ。
ゲンジからそうした言葉が出て、ドラ夫はとても嬉しかった。

その話題をもう少し突っ込みたかったが、直後に電車が到着。
満員で会話を交わす余裕がない。
 
町田駅を過ぎたら多くの乗客が降り、ようやく座る事が出来るも、
ゲンジは座るなり眠りについた。試合が終わったのが夜の9時過ぎ。
疲れているのも無理はない。

途中の乗り換えを除き、ずっと寝ていたゲンジと、
その日は会話をする事なく自宅へ戻った。
 
翌日、仕事終えて帰宅するとゲンジが庭先でバットを振っていた。
その光景を見た時、なんとも言えない嬉しさと懐かしさが交錯した。
前年の気管支炎発病以来、半年振りに見る「個人練習」だ。
 
更に追い討ちをかけるように、帰宅したドラ夫に対して
「グランドに行って練習しようよ!」 
 
ずっとこの言葉を待っていた。妻との言い争いからここまでの四ヶ月間、
ゲンジ自らの この言葉を待っていた。
 
ドラ夫もヤボな事は聞かず、「よし行くか!」 と応じた。
 
ゲンジの中に、何らかの意識の変化が生まれた。
そのきっかけが何なのか? そんな事はどうでもよかった。
この時は、ただ素直に嬉しかった。
 
これ以降、徐々に快進撃が始まる事になる。
 
続きは後日。

2005年05月22日

内野・外野交代練習

曇り空の中、クラブチームの練習があった。
 
練習の区切りの給水タイムに、選手の間で
「内野ノックと外野ノック、どちらがキツイか?」
という話題があがっていた。
 
共通しているのは、全員が自分の担当の方がキツイ。という認識。
つまり内野手は内野のほうがキツイと言い、外野手は外野の方が辛いという考え。
そのうちに子供同士で、内野派と外野派が言い争いにまで発展した。
 
それならばと、コーチがノックの入れ替えを提案。
外野手が内野ノックを受け、内野手は外野へ。
 
 
2ヵ所に別れてノック開始。
外野組は前後左右と飛んでくるフライに対応するため、とにかく走る。
本数が進むにつれ、疲労からだんだんと反応が鈍くなる。
 
一方の内野組は痛烈なゴロを捌くのに苦労気味。
横っ飛びでボールを捕球にいく感覚がないので、すぐに諦めがちに。
加えて1塁への送球もあるから、多くの選手は戸惑い気味。
 
だが5分もすれば、よくしたもので皆がそれなりに適応してきた。
そんな感じでノック終了。
 
結論は、「やはりノックは、内野・外野どちらもキツイ」 
という事で落ち着いた。
 
普段はあまり体験しない練習だから、よい勉強になるだろう。
お互いの苦労が判る善い機会だったかもしれない。

2005年05月21日

中学公式戦デビュー

今日は快晴の中、クラブチームの公式戦が行われた。
朝の4時半に起床して朝食を摂り、試合会場へ。
 
勝ち抜けば上部大会へ進出出来るだけに、選手達も気合が入る。
午前8時にプレイボール。
 
試合は緊迫した投手戦で5回まで両チーム共に無得点。
6回、エラー絡みで1点を失う。
そして最終回の攻撃も2アウト。
 
ここで息子ゲンジが代打で登場。
記念すべき中学デビュー戦を、1年生の5月に成し遂げた。
結果はフォアボールで出塁。
 
次打者が倒れてゲームセット。1点が重くのしかかり惜敗。
終わってみれば放ったヒットは1本のみ。四球はゲンジの1つを含めて2個。
これでは監督も采配のふるいようがない有様。
 
自チームの投手が故障明けから復活しただけに、打線の奮起が望まれたが、
相手投手が一枚上手だったようだ。
 
チームが負けたのは非常に残念だが、ゲンジが試合出場を果たしたのが今日の収穫。
これを機に、練習意欲を倍増してくれるのを願うばかりだ。
 

2005年05月20日

手抜き

今日は仕事帰りに部活を覗いてきた。
最初は顧問が不在のようだったので、ドラ夫も一計を思い立ち、
遠くの目立たない場所から隠れて見学する事に。
 
顧問不在の時に、生徒同士でどんな練習をするのか?
それに興味があって、敢えて顔を出すのを控えてみる。
 
ランニングから柔軟体操、キャッチボールまではいつもと同じ。
次はどうやら3年生主体のフリーバッティングだ。
 
1・2年生を守備につかせ、3年生は全員バットを持っている。
最初の一人が打ち終わった所で顧問が登場。
一度集合して、シートノックが始まった。
 
息子ゲンジともう一人の投手候補は投球練習を命じられた様子。
他の1年生はノッカーへのボール渡しと、球拾い。
 
顧問はノックを打っており、投球練習まで眼はいかない。
ドラ夫は遠くからブルペンを見つめていたのだが・・・
 
クラブチームの練習のように、真剣さがまるでない。
キャッチボールの延長のような投球練習で、手抜き練習がミエミエだ。
 
言い渡された投球数が終わったのか、今度はその場で何もせずに立ちつくしている。
先輩達の練習を見るでもなく、ボーッ と突っ立っているだけだ。
 
帰宅後、ドラ夫はカミナリを落とした!
ゲンジもまさかこちらが見学していたとは思ってなかったのだろう。

自分のおかれている立場が判っていないのか、単なる手抜きなのか、
とにかくそうした姿勢には厳しく反省を促した。
 
日頃から何事もアピールするよう、口を酸っぱくして言っているのだが、
なかなか行動が伴わない・・ 性格なのかもしれないが、
言われなければ何も出来ないようでは、先行きが不安だ。
 
早くそうした世話を焼かれぬよう、自覚を持ってほしいものです。
posted by ドラ夫 at 23:12| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年05月19日

勝負の世界

前回の続きです。

2002年6月
 
とうとう試合出場の機会まで減ってきた息子ゲンジ。
上を追い上げるどころか、下からの追い上げに迫られてきた。
 
打撃の低調は深刻で、前年の入団以来まだヒットが出ていない。
2試合の練習試合で、出番は代打の1打席のみ。
ドラ夫は込み上げる怒りの中でも、なんとか冷静さを維持していた。
 
ここでゲンジに怒りを向けるのは筋ではないと考えた。
問題は今後をどうするか?
前年のように、こちらの主導で個人練習を復活させるか、
それともゲンジ自らの奮起を待つのか?
 
親として、このままでは済ませたくない気持ちが強いが、
妻との考え方の違いや、当のゲンジの気持ちの部分で、
どうしたら最善なのかが見えてこない。
 
そんな感じで今後の方向性を思案していた2002年6月。
 
サッカー日韓ワールドカップで日本中が、いや世界中がサッカー熱で湧いていた頃、
ドラ夫親子もw杯の観戦の機会に恵まれた。
日本の試合は残念ながら抽選でハズレたが、第二希望の試合が運良く当選。
 
サウジアラビア vs アイルランド 場所は横浜国際競技場。
 
試合日は平日だったが、五輪と並ぶ世界的な大会を体験する機会は滅多にない。
学校を休ませて、遠く横浜まで出かけた。
 
自宅から関東の入り口までクルマで行き、そこから電車を乗り継いで横浜へ。
道中、ゲンジと様々な話をする事が出来たが、
少年野球の事は敢えて避けた。野球の事は忘れて、サッカーの事を中心に会話が弾む。

w杯のしくみや予選の事、ドーハの悲劇やジョホールバルでのイラン戦など、
過去の話を詳しく説明してやった。
w杯に出場するのはいかに困難か、代表落ちした中村選手の涙の事など、
「勝負の世界」の厳しさを、それとなく伝える。

「これから観る試合はお祭りではなく、国の威信を賭けた真剣勝負なんだよ」
ゲンジは眼を輝かせて聞き入っている。
 
会場に到着。同時多発テロの影響でスタジアム周辺は厳戒態勢。
加えて、初めて見る多くの外国人にゲンジも目をシロクロ。
 
試合は7万の大観衆の声援の中 始まる。
下馬評どおり、アイルランドの猛攻を必死で耐えるサウジ。
同じアジアのサウジを応援していたドラ夫親子。
 
しかし観衆の8割はアイルランドサポーター。
ゲンジもすっかり試合の中に入り込んでいた。
 
試合はアイルランドの勝利で終わる。
競技場から駅へ歩く時、すっかり興奮したゲンジがご機嫌でアレコレと喋っている。
駅のホームでゲンジが言った。
 
「どんな事でも、練習すれば上手になるかな?」
 
続きは後日。

2005年05月18日

練習球

チームでの練習の時は、使用するボールも当然チームの備品。
自宅等での個人練習ではそうしたボールも自分で用意しなければならない。
 
最低1個あればそれなりの練習は出来るが、ボールの数が多ければ
色々な練習も出来るし、効率もよい。
 
かと言って、自前で多くのボールを用意するのは出費もかさむもの。
トス・ティー用のボールは、極端な事を言えば何でもいいので、
なるべく元手ゼロで入手が叶うなら、それにこした事はない。
 
うちの場合、タダでそれらを確保している。
答えはバッティングセンターの払い下げボールだ。
 
バッティングセンターは定期的にセンター内のボールを、新しい物に入れ替えている。
それをセンターのオヤジさんに頼んでおき、わけてもらっている。
そうして頂戴したボールが、今ではスーパーの買い物カゴ2個分になった。
 
これだけあれば球拾いも最後にまとめてすればよいので、効率がよい。
うちは田舎だけが取柄で、近くの広いグランドを独占のような形で使える環境だ。
だからロングティーも可能で、息子ゲンジも思い切りボールを遠くへ飛ばしてる。
 
ノックの時も球が多ければ便利だ。捕ったボールをいちいちノッカーに返さず、
ネットのある場所を1塁に想定して、そこをめがけて捕球した球を投げる。
 
ピッチング練習の時は公認球を新品で購入して使っている。
これは使用頻度にもよるが、半月〜1ヶ月で取り替えています。
やはり投球用の球は、それなりの物を使わないとダメですね。
 
他の用具は手入れをして長持ちをさせるものですが、
ボールは消耗品なので、手入れをしたからといって長持ちする訳ではありません。
せいぜい汚れを水洗いで落とす程度です。
 
学童から中学になり、使用球もC球からB球に変わった。
投手・捕手関連の練習には、相応のボールが必要なので、
ある程度まとめて新品を購入しました。
 
そういえば今夏から、新・軟式ボールが導入開始となるんですが、
既存の旧ボールは安くなるんですかね〜?
売れ残るのか、安さ目当てに引き合いが多くなるのか?
どちらにしても、旧ボールは練習球としては狙い目ですね。
 
練習用途に応じて、多くのボールがあれば練習にも幅が広がります。
環境的に可能な方は、是非お試しを。
posted by ドラ夫 at 23:20| Comment(5) | TrackBack(0) | 野球道具について | 更新情報をチェックする

2005年05月17日

硬式へ進んだ子

息子ゲンジの学童時代のチームメイトの一人は、硬式チームに入団した。
 
今日はその子と久しぶりに対面する機会があった。
相変わらず元気そうで、ドラ夫も安心。
 
あれこれ積もる話もあり、チームの事などを中心に会話を交わす。
ボールの種類が違うとはいえ、野球の基本動作に変わりはないはず。
練習内容や運営に興味があったので、その子に色々と質問を浴びせた。
 
地元中心の軟式と比べ、硬式は周辺各市から選手が集まる。
当然、高校を視野に入れた子が大半で、学童時代に腕に覚えのある子ばかりで、
競争も厳しく、求められる技術も高い。
 
話を聞くにつれ、色々と興味のある内容に発展し、
なんらかの参考になるかもしれないので、近々そのチームの練習を見学に行く事にした。

息子を硬式に移籍させる事は無いが、練習内容や選手レベル等、
実際に自分の眼で確かめてみたいと思う。
 
posted by ドラ夫 at 22:53| Comment(21) | TrackBack(0) | 軟式と硬式 | 更新情報をチェックする

2005年05月16日

どん底

前回の続きです。

2002年6月
 
塁審参加の名目で、久しぶりに少年野球に関わった。
息子ゲンジも初のセカンドを無難にこなすも、
新加入のメンバーの追い上げが顕著。
 
前年のメンバーから数人がAチームに合流し、代わりに新メンバーが入ったのがこの時のチーム構成。
これでいくとチーム内の勢力図にも変化があるのが当然で、
順調ならゲンジも8番目〜12番目辺りを維持していなければならない。
 
ところが気管支炎による出遅れに加え、個人練習の中止。
更には 新メンバーの意外な追い上げに前述の圏内も危うい状況。
 
こうした状況にドラ夫も焦るが、前年の時のように個人練習を強いる気は無かった。
あくまでも、ゲンジ自身の意識の変化を待つ事に変わりはない。
週末の練習にも顔は出さないので、新選手の実力も測れないし、
とにかく、あまり息子の成績に敏感にはならないよう、意識して努めた。
 
そして次の練習試合の日。
 
塁審予定だった人に急用が出来、ドラ夫にその代役の依頼が舞い込む。
こちらに予定は入っていなかったので快諾し、試合会場へ足を運ぶ。
 
この日は3チーム総当りの練習試合。2試合をこなす予定だ。
最初の試合、ゲンジはスタメンを外れる。ほぼベストメンバーに近い布陣。
途中、数人の選手交代があるが、結局ゲンジはベンチのまま試合を終える。
 
続く2試合目。
今度はメンバーを大幅に入れ替え、新メンバー全員が守備についている。
ところが、ゲンジはまたしてもベンチスタート・・・
 
監督の意図が判らないが、さすがにこの時はショックで、
やり場の無い怒りが込み上げて、それを抑えるのに必死だった。
同時にこの時のゲンジの胸中が気になる。
 
「ゲンジよ、これで燃えなければ男じゃないぞ!」
と心で叫ばずにはいられない。
1つ下の学年の子がスタメンなのだ。しかもそれが一人ではない。

冷静に考えれば、この試合はテストの意味合いが強く、実際に主力選手も
ベンチに退いている。ゲンジが前の試合にスタメンなら、こうした考えも浮かぶだろうが、
2試合続けてのスタメン落ち + 新メンバーのスタメン抜擢(全員)
という状況にでは、冷静になれと言うほうが無理かもしれない。
 
試合は最終回の攻撃で2アウト。ここでこの日初めてゲンジが試合に登場。
代打での起用だ。「ヒットを打って、皆を見返してやれ!」と小さく呟くドラ夫。

ところが結果は空振りの三振・・・
 
こうしてゲンジはチーム内でも危機的状況に追い込まれた。
そしてドラ夫も、地の底から沸き起こる怒りと悔しさに見舞われていた。
 
続きは後日。

2005年05月15日

緊急事態

クラブチームの選手達に故障者が出始めた。
 
主力投手の3人のうち、二人が投球不可の状態。
1年生の投手候補も肘を痛め、来週の公式戦の投手のやり繰りが苦しくなった。
 
この一週間で回復出来ればよいのだが、どうなるか?
 
息子ゲンジも先週に引き続き、ピッチング練習を行う。
コントロールは及第点だが、球威が足りないだけに、
実戦はまだ無理があるかもしれない。
 
故障者が出た時は、控えの選手にしてみれば
絶好のアピール機会だ。
 
与えられたチャンスをモノに出きるよう、練習に打ち込んでほしい。
posted by ドラ夫 at 23:14| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2005年05月14日

ジレンマ

今日は練習試合が2試合あった。
結果は1勝1敗。
 
負けた試合は凡ミスのオンパレードで、悪い所が全て出た。
エラーと、記録に残らないミスで投手の足を引っ張る。
 
それと打線なのだが・・・
 
下位打線がさっぱりダメで、見ていて打てそうな気がしない。
今日は上位でチャンスを何度も作ったのだが、
下位がことごとく潰してしまう・・
 
ドラ夫はいつも自分でスコアを付けている。
今年になってからのスコアを見ていると、
下位打線の惨憺たる状況が浮かび上がってくる。
 
これは親バカかもしれないが・・
 
息子ゲンジならこうした状況を打破出きると思う。
こうして書く以上、これは自信を持って言える。
贔屓目ではなく、客観的に見てそう思うのだ。
 
今の6番〜9番の実力より、バッティング能力に関しては
ゲンジのほうが上だ。
ただ守備の絡みもあるので、打てるから即レギュラーというものではない。
 
けれど、結果を残せない今の下位打線に、なんらかの刺激を与えたい。
最後のイニングもゲンジの代打を期待したのだが、交代は無し。

まだ1年生なので、ベンチ入り出来ているだけでも上等かもしれないし、
上級生優先の方針にも異議を唱えるつもりはない。

 
ドラ夫はアレコレと口を挟む立場ではないが、ここ最近は
こうしたジレンマとの葛藤が続く。
 

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